建帛社だより「土筆」

平成22年9月1日

隠された子どもたちに光をあてよう

静岡県立大学短期大学部 准教授 松平 千佳この著者の書いた書籍

 1988年に英国で出版された『Hidden Children 隠された子どもたち』という本がある。この本は,英国小児科学会・National Association for Welfare of Children in Hospital という慈善事業団体・National Association of Health Authorities ・王立看護大学の四団体が共同して作成した本である。Hidden Children というのは「病児」のことであり,この本には小児病棟に入院する子どもたちの当時の実態がまとめられている。



 「隠された子どもたち」というネーミングは,病院を利用する病児の,ある側面に着目したときに今の日本にまさにぴったりくる名称であると感じる。もちろん,私たちは子どもの死亡率も知ることができるし,疾病別の入院状況だって入手できるだろう。しかし,子どもの気持ち,病院に入院した子どもたちの感じたことや体験した事がら,またその経験からその後どのような影響があるのかなど,ほとんどといっていいほど注意も関心も払ってこなかったのではないだろうか。このような自分自身の自責の念が,ホスピタル・プレイ・スペシャリストHospital Play Specialist(以下HPS)に関する研究や養成に私を奮い立たせるのだ。



 「病院は特殊なところだから仕方がない」「彼らは病気なのだから仕方がない」という発想は子どもの視点に立ったものでは全くないことに気づかせられる。子どもはどこにいてもどのような状況にあっても子どもであり,子どもとして当たり前の環境や支援がなくてはならないのである。退院後おねしょがはじまった七歳児,注射が今でも怖くて予防接種の前の日は何も食べられず吐き続ける女子大生,今でも自分が入院していた子ども病院の前を通ることすら拒否する社会人,自分の五歳のときのネガティブな入院経験から手術の必要な息子の入院を拒否する会社経営の父親など,隠された経験は少し視点を変えるといくらでも発見することができる。HPSのような遊びを用いた支援を行う専門職がいたら,どう違っていただろうと考えるのである。



 本の優れた小児医療技術は,もう一つの視点であるChild Friendlyな医療,つまり子どもにやさしい医療を医療従事者以外の者と協働してつくることによって格段に豊かになるのではないだろうか。そのためには,医師や看護師に「違う考え方もありますよ」「違う方法だってありますよ」と気づかせていく必要がある。ある病院の小児科長にHPSを雇って何が一番変わりましたか? と尋ねたところ,しばらく考えて,「自分自身の気持ちが楽になりました」と答えた。私はそのときの小児科医の表情を忘れることはできない。それまで行ってきた拘束による採血をすべてやめて親と同室の抱っこ採血の導入,入院前から遊びを組み立てて手術室にまで遊びを持ち込む方法の開発など,子どもにやさしい医療を展開することによって,子どもが好きだから小児科医になりたいと決断したあの頃の気持ちを,子どもを救うために押し殺す必要はないことに安堵する表情であった。



 たちの活動は小さなものだが確実に種はまいていると思う。種から芽を出すために多職種いっそうの協働が必要になる。



 本にいるすべての子どもたちがどこにいても,たとえそれが病院であっても処置室であっても手術室であったとしても,子どもとしての尊厳を損なうことなく,その成長が健やかであるための方法を考えていきたい。

目 次

第92号平成22年9月1日