建帛社だより「土筆」

平成22年9月1日

服飾史・服飾美学の愉しみ

日本女子大学 教授 佐々井 啓この著者の書いた書籍

 (社)日本家政学会服飾史・服飾美学部会は,被服学分野における人文科学的な研究を基盤として,1991年に発足した。部会設立10周年記念事業として,『服飾史・服飾美学関連論文要旨集1950―1998』を建帛社より刊行していただき,このたび,続編として1998年から2008年までの約10年間の論文要旨と,両巻に収録されている要旨のCD―ROMを発行した。



 の10年間の研究の変化をみると,いくつかの特徴がみられる。日本,欧米の近現代の研究および民族(民俗)服飾研究や比較服飾研究の分野が多くなっていることである。これは,服飾研究が従来の文献史料の検討にとどまらず,フィールド・ワークを行ってそれぞれの地域の服飾のありさまを調べ,それらを比較研究する,といった手法が次第に多くなってきていることと関連している。すなわち,日本国内のみならず,海外の調査が比較的容易になり,その結果,これまで対象とされていなかった地域の服飾の,より正確な紹介がみられるようになっているのである。



 かし,短期間に調査を行ってその服飾形態を記録にとどめただけでは,単なる調査報告に終わってしまう。それらをさまざまな視点から検討し,関連する研究分野等の先行研究を把握し,その服飾が,社会にどのような位置づけをもっているのかをきちんと解明しなければいけないであろう。



 方,欧米の服飾研究において,原典となる史料を読み解き,当時の人々の生活や美意識との関連で研究を進めているものも多くなっている。これは,インターネットを通して,海外の研究動向や史料の検索が容易になったためで,それらを踏まえた研究によって,欧米の研究者に匹敵する研究レベルに達しつつある論文もみられるようになっている。自然科学的な分野とは異なり,研究の速報性や世界的な討論の場で論じられることは少ないが,海外での調査や研究の成果が上がっていることは明らかであろう。



 飾史とは人間が生きてきた歴史を語るものであり,服飾美学とは,人間の服飾に込めた美意識を探る研究である。『要旨集』は,単なる研究論文のデータベースではなく,学術雑誌,大学等紀要に掲載された論文の要旨を300字程度にまとめている。日本,欧米,東洋,民族(民俗)服飾・比較服飾文化,服飾美学,宗教・芸能衣裳,その他に分かれ,さらに日本と欧米では古代,中世,近世,近現代等に分けて収録した。本書は研究者に役に立つ検索を行うためのみではなく,興味のある分野や時代を取り上げて要旨を読む楽しみをも味わうものでもある。



 活の視点から研究を行う家政学では,安全・安心・健康・快適性などのさまざまな研究目標が掲げられているが,服飾史・服飾美学はどのような立場なのだろうか。服飾の謎解きやルーツを探る,といった研究の楽しみ方がある。また,日本や外国各地の伝統的な服飾を尋ねたり,歴史を旅してその時代の服飾遺品や文学,芸術を介して過去に思いを馳せたりすることができる。果たしてこのような興味で服飾研究を行っていいのか,家政学の目的から離れているのでは,と思うこともあるが,服飾を探求する姿勢を持ち続けることが,さまざまな人生を理解することになるのでは,と考えている。

目 次

第92号平成22年9月1日