建帛社だより「土筆」

平成23年9月1日

統計値の読み飛ばしがもたらした児童の発育像に対する誤解

日本発育発達学会理事長 大妻女子大学人間生活文化研究所長 大澤 清二この著者の書いた書籍

 「すべての判断はその根拠を問えば統計学である」(CR.ラオ『統計学とは何か』の巻頭辞より)。

 本人の身長の時代的な変化・年次推移については古くからデータが蓄積され,議論されてきた。江戸期には男子の身長はおおむね150cmであったが,明治期を経て徐々に高身長化し,特に第二次世界大戦後には日本人は急激に大型化し,思春期は早期に発現し,早熟になり,現在では男子の平均身長は170cmに到達している。約1世紀余りの間で20cmも高身長化したのは栄養をはじめ高身長化の諸要因が促進的に作用したからである。高身長化は人の成長期のどのあたりの年齢で起きるかは研究者の大きな関心事であった。そして現在までは定説のように「日本人の高身長化は学齢期・思春期に起きた」と理解されてきた。いずれの発育発達学のテキストにもこれを否定する言説は見当たらない。しかし,筆者はこの定説が官庁統計の読み飛ばし,見落としから起きたミステイクであったとみており,もたらされた誤った波及効果は少なくないと考える。

 の官庁統計とは文部科学省が毎年公表している全国の幼小中高の児童・生徒70万人弱(抽出率4.8%)のデータを集計した第一級の信頼性をもつ学校保健統計である。直近の身長の数値をみると17歳の男子170.7cm,女子158.0cmで,おおむねこれが日本人の最終身長であり,戦後60年間では世界的にみても驚異の高身長化が起こったことが示されている。毎年この報告書では直近の値と親の世代(30年前)が同年齢であったときの身長とを比較して30年間で発育が促進したと報じ,あわせて思春期の大幅な早期化・早熟化に言及している。今年度の報告書でも親の世代より男子13歳で2.8cm,女子10歳と11歳で1.9cmも高くなったとしている。

 かし,同時にこの統計報告書には総発育量(5~17歳の発育量の合計値)という目立たない,しかし重要な数値が必ず報告されている。つまり学齢期における発育の総量である。この数値を親の世代と比較すると驚くべき現象に気づかされる。子の世代の総発育量は,親の世代よりは最終身長においてはるかに大きくなっているにもかかわらず,期待に反して必ず小さいのである。私は不思議に思って戦後60年間の総発育量をあたってみた。するとこの値は,男子では61cm台から59cm台へ,女子では51cm台から47cm台へと確実に低下し続けているのである。つまり,長い間誰しも疑わなかった「高身長化は学齢期・思春期に起きた」という解釈は明らかに統計の読み飛ばしからきたものであり,「日本人の高身長化は学齢期以前の幼児期に起きた」だから「幼児期の集中的な研究が非常に重要である」と言い直さねばならないのである。

 かけのグラフやわかりやすい数字のみを議論し,思春期に大きくなるはずだという思い込みが,その同じ統計報告書に小さく載っている総発育量という統計値を読み飛ばしていたのである。まだまだ多くの読み飛ばし,読み違いはあるはずである。

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第94号平成23年9月1日