平成25年1月1日
読書量の好転を歓迎する
公益財団法人 文字・活字文化推進機構 理事長 童話作家・大阪樟蔭女子大学教授 肥田 美代子この著者の書いた書籍
文部科学省の社会教育調査によると,2010年度に全国の公共図書館が貸し出した本は,国民一人あたり5.4冊で過去最高を更新した。これは公共図書館3,274施設を対象に,3年ごとにその利用状況を調べているもので,今回の調査結果は,2012年10月31日に公表された。本の貸出冊数は延べ約6億6千万冊で,三年前に比べて5.0%増え,本を借りた人の数は,延べ1億8千万人で6.5%上昇するという賑わいぶりである。
わけても子どもたちの読書意欲に私は注目する。児童図書の貸出冊数は延べ約1億7千万冊にのぼっているのだ。小学生一人あたりでは26.0冊であり,これは2007年度調査の18.8冊を大幅に上回る。また国民一人あたり5.4冊と比較しても,小学生の読書量は群を抜くのである。あえて悩ましいことをあげると,本を「読む子」と「読まない子」の二極化がすすみ,その差がひろがっていることだ。
読書環境は,この数年の間に急速に変化した。電子端末でも本が読めるようになったし,電子書籍も販売され,印刷された本だけの時代は終わった。「電子書籍元年」と評された二2010年以降,この領域への参入企業が相次ぎ,新たな市場の燃える炎の勢いに煽られたせいであろうか,「紙の本は消える」という観測気球を時流に乗せる者も出てきた。
しかし公共図書館の書籍の貸出冊数や借りる人びとの数が上昇するさまは,「紙の本」に対する日本人の愛着の濃さを示している。日本人は,平安時代に誕生した「源氏物語」を筆頭とする古典文学を,千数百年にわたり愛読してきた。生物分類学を創始したリンネは,人間に「ホモ・サピエンス(知性人)」という学名をつけたが,日本人も諸国の人びとに劣らず,まさにサピエンス(知性)の継承と発展に尽くしてきたのである。
こうした「紙の文化」を蓄積してきた日本人が,そう簡単に端末読書や電子書籍に移行してしまうとは思えない。そうではなく印刷文化と電子文化は補い合いながら,自らの生命力を維持し,21世紀の「知性」や「知識情報」などの土台を担うことになろう。
話をもとに戻して,公共図書館の賑わいはどのような理由からなのか。公共図書館が漸増したこともあろうし,文部科学省がコメントするように,「公共図書館の貸出冊数の上限緩和や開館時間の延長」といったサービスの向上もあろう。
私が注目したいのは,国民の読書活動のひろがりである。1999年,国会は2000年を「子ども読書年とする決議」を採択した。この決議は読書啓発の面で大きな役割を果たした。小学校,中学校において「朝の読書活動」が急速にひろがり,それは現在,小・中・高あわせて全国2万6千校で実施され,参加する児童・生徒は950万人と推定されている。ブックスタート(赤ちゃんが本と出合う時間つくり)も全国700近い自治体で実践され,親子の読み語り運動を支えている。
2001年には子どもの読書環境の整備を目的とした「子どもの読書活動推進法」が制定・施行され,国と自治体において「子どもの読書推進計画」が策定されることになったほか,読書活動を後押しする「子どもゆめ基金」も創設された。2005年には,国民の言語活動を支援する「文字・活字文化振興法」が制定され,新しい学習指導要領でも国語科の授業時数増だけでなく,すべての教科で「言語活動」を行う方針が打ち出された。言語力(読む・書く・考える・伝える)の向上は,幅広い読書活動を必要としており,読書時間の確保や読書指導が教育現場の課題として認識されつつある。
2010年は国会で定められた「国民読書年」であったが,読書の楽しさを伝えるイベントが全国約二千の会場で行われた。こうした十数年の動きが,読書意欲や生涯学習意欲を刺激し,公共図書館を活気づけるという成果を生み出してきた。
私たちはいま,「知識基盤社会」に生きている。このポスト工業社会において国民に求められているのは,理解力や思考力,表現力や知識活用力であり,その土台となるのは歩幅の広い読書である。国民の読書量の好転は,そうした世の中の変化に見合っており,この流れに掉さす必要がある。
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