平成25年1月1日
コミュニケーションを拓く鍵
鹿児島徳洲会病院 音声・嚥下リハビリテーション研究室室長 苅安 誠この著者の書いた書籍
ヒトは,言葉を使うことで,自らの思いや考えを整理し,他者に伝え,やりとりをすることで,新たな発見や気づきに遭遇し,毎日の生活を豊かにしている。ここでは,音声学と音声言語医学を踏まえ,音声言語の特徴とコミュニケーションを拓く鍵について述べる。
音声言語(話し言葉)は,高速(一秒間約五文字)信号による効率的な伝達方法であり,駅を通過する特急列車のように眼前から消えていくため,実時間処理が要求される。話し言葉は,連続的な運動により生成される音響信号であり,個人差だけでなく音配列に伴う変動がかなりある。ヒトの脳は,わずかなズレを違いとして見ないで,トップダウン処理(文脈情報)で言葉を解読するようにできている。
話し言葉のやりとりでは,同じ内容がくり返され(冗長性),伝え漏れや聞き逃しがあっても,どちらかの気づきで回復できる。そのためには,主題と流れを汲み取る・提供することが肝心である。話し手と聴き手が想像力を持って臨むことで,お互いがキャッチボールを楽しむことができる。
2025年には団塊の世代が75歳に達し,高齢社会がピークとなる。高齢者は,言葉やきこえの問題を有していることが多い。高齢者の難聴は,言葉の理解が難しいという特徴がある。大きな声でゆっくりと話しかけるのがよいと信じられているが,実はそうではない。高齢者は大きな声をうるさく感じ,記憶容量の制約によりゆっくりだと話の断片しか頭に残らない。高齢者には区切って(短く)話すこと,もちろんボタンの掛け違いにならないように,「何について」話しているのか主題をつかむことが大切である。
私たちが話す際には,息を出し,喉頭の中の声帯ヒダを振るわせて声をつくり,口を動かすことで発音する。呂律が回らない構音障害は,特に舌の動きがおかしい状態で起こり,脳卒中の始まりでみられ,過度の飲酒でも経験される。もし上手く話せなくても,話し言葉はニア・パーフェクトで十分,喫茶店ならば「オーイー」(コーヒーの母音だけ)で十分に通じるはずである。
大きな声をと号令が下る環境で仕事をする店員は,職業性の声のトラブルに見舞われることが多い。息の力で声帯を動かせればいいのだが,頑張って声を出して声帯を傷つけたり,過度な身体緊張が定着してしまうことがある。ヒトは,大勢の人達の中で注意を向けた相手の言葉を聞きとることができる(カクテルパーティ効果)ので,小さな声でも届くはずである。言葉以外の方法で,“貴方に話すよ”という合図を送るのがよいだろう。
言葉は情報を正確に伝えるために欠かせないが,日常のやりとりは多くが非言語性(ノンバーバル)の表情などによる。例えば,道で知り合いと会ったとき,「こんにちわ」と同時に,手を挙げ,頭を下げ,挨拶をする。音声は騒音でかき消されても,動作や表情は伝わるものである。言葉で伝える内容も大事だが,気持ち(本音)の部分は表情やしぐさ,声の調子で伝わる。言葉に依存しないことも大事である。
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