平成27年9月1日
普遍的な価値の重要性
東洋大学教授 金子 光一この著者の書いた書籍
戦後七十年が経過し,国際情勢が不安定化する中で,日本は大きな分岐点に立っている。現在の政権与党は,日本の平和と国民の安全のために「戦後以来の大改革」が必要であり,日本国憲法を改正し「戦後レジームからの脱却」を成し遂げるべきだと主張している。
戦後の日本は,「国民主権」「基本的人権の尊重」「平和主義」を三大原則とする日本国憲法に基づき,民主主義を重んじ,平和的に共に生きる道を求めてきた。人々が人間らしく生きていくためには,自由に物事を考え,行動し,差別なく平等に扱われなければならず,侵すことのできない永久の権利(基本的人権)を,私たちは最大限に尊重すべきものとして位置づけてきた。
私は,戦後日本の社会福祉は,この日本国憲法の精神に基づき展開されてきたと考える。社会福祉は,個人と社会の幸福を追求するため,人間の尊厳を保持し,互いの人権と自由を大切にし,共感と連帯を重視してきた。生活問題に直面する人々を認識・発見し,それらの人々の相談に応じ,必要に応じたサービスの利用を支援するとともに,関係するさまざまな専門職や事業者,ボランティアなどと連携を図りながら,平和的に共存する道を追究してきた。もちろんその道は険しく,未だ多くの課題が残されている。
また,私たちが気づかないところで「生きづらさ」を感じている人も多い。しかしながら,挫折や苦悩を繰り返し,平和的共存の道を目指して歩んできたことは事実であろう。
日本国憲法には,生存権を定めた第二十五条がある。社会福祉の領域では,すべての人が人間らしく生きるための拠り所となる規定で,この条文に基づき日本の公的扶助制度も整えられた。最低限度の生活保障の考え方は,フェビアン社会主義者のウェッブ夫妻(Sidney & Beatrice Webb)が1897年の『産業民主制論』で最初に提唱した「共通規則」(common rule)を起源とし,その後ナショナルミニマム思想へ発展した。
1945年10月29日,憲法制定の準備・研究を目的とする民間の研究会(憲法研究会)が,大原社会問題研究所の所長であった高野岩三郎の呼びかけで結成された。同研究会の事務局は憲法史研究者の鈴木安蔵が担当し,その他,杉森孝次郎,森戸辰男,岩淵辰雄らが参加していた。彼らは審議を重ね,生存権(国民ハ健康ニシテ文化的水準ノ生活ヲ営ム権利ヲ有ス)など人権規定を含む『憲法草案要綱』を1945年12月26日にまとめた。1946年2月13日に日本政府に提示された連合国軍総司令部(GHQ)草案に,この『憲法草案要綱』が影響を与えたとされている。
私は社会福祉の歴史研究を専門とする者として,人々の生活の現実に根ざした深い歴史認識をもつことが重要だと考える。多様な「個人の幸福と誰にとっても生きやすい」社会の幸福を追求するために必要なのは,民主主義,人権,平和の普遍的価値が守られることであろう。私たちは今こそそのことを再認識しなければならない。
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