建帛社だより「土筆」

平成27年9月1日

日本調理科学会における研究展望

日本調理科学会会長 日本女子大学教授  大越 ひろ この著者の書いた書籍

 般社団法人日本調理科学会は平成29年に創立五十周年を迎えます。

 本調理科学会のあゆみを振り返りますと,五十年間の研究の積み重ねを通して,人間生活に深くかかわる食べ物の美味しさの決め手としての調理の重要性について,社会の人びとに認識していただけるように努力してきました。様々な素材を対象とした調理の過程を物理化学的な手法により分析し,さらに食べ物に対する人びとの嗜好性に関した調査も行い食生活の実態を把握し,その結果を公表することを不可欠のテーマとして研究を継続しております。

 年日本では高齢者の人口割合が高まり,平成26年10月現在,総人口に占める65歳以上の割合は26%に達し,超高齢社会になっています。一方で,平均寿命の延びに対して,健康寿命が延びていないことが問題となり,要支援,要介護状態の高齢者が年々増加しています。

 成26年の介護保険制度の改革では,在宅医療の充実を目標とした医療サービス提供体制の制度改革が行われ,地域包括ケアシステムの構築に取り組むことが決まり,介護の場が施設から在宅へ移行することが推進されています。在宅要介護者の増加により,家族やホームヘルパーによる介護が中心となっていくため,市販介護食品への要求は増大するといえます。

 のような時代背景において,農林水産省は平成25年2月から「これからの介護食品をめぐる論点整理の会」を発足させ,同年10月からは「介護食品のあり方に関する検討会議」として検討を重ね,平成26年11月11日の介護の日に,「新しい介護食品の選び方」を愛称「スマイルケア食」と共に公表しました。

 学会においても,摂食機能(咀嚼や嚥下機能)を考慮した食べ物の調理特性に関する研究,すなわち,介護食品に関連する研究が増加しつつあります。介護食品の需要増加に伴い,摂食機能に応じた食べ物の開発には,その過程での調理特性の物理化学的な変化を解析する必要性もあり,嗜好性の向上も配慮すべき項目なので,介護食品に関する研究は新たな課題と言えるでしょう。

 学会が力を入れている取り組みとして,『クッカリーサイエンスシリーズ』があります。この企画は創立四十周年記念事業として行われているもので,高校生,大学生,一般の方々に生活と密接に関連のある“調理科学の不思議やおもしろさ”をわかりやすく知ってもらうことを目的としたものです。現在,1~6巻が建帛社から出版されており,好評を得ています。今後も新たな研究成果の刊行を継続していく予定です。

 た,本学会では全国規模で行う研究活動の取り組みとして,平成13年度から「調理文化の地域性と調理科学」というテーマで,平成13・14年度は「豆・いも類」,平成15・16年度は「魚介類」について特別研究を行ってまいりました。また,平成21・22年度には「行事食」に限定して調査研究を行いました。

 らに,平成24年度からは,今までの研究成果をもとにして,伝統的な地域の料理が親から子へ伝承されにくい傾向にある現代を鑑み,聞き書き調査を通して,「次世代に伝え継ぐ日本の家庭料理」を暮らしの様相と共に記録し,分析する試みを行っています。

 庭料理は季節性のある地域の食材を用いた料理であり,食べ方や保存に対して,人びとは工夫を重ねてきました。この調査研究には6支部,47都道府県の会員340余名が参加しており,百年後にも伝え継ぐことができる日本の家庭料理を残したいという趣旨から,調査研究の成果を「日本の家庭料理」としてシリーズ化する企画をしております。創立五十周年の平成29年度までに,1~10巻の刊行を目標とし,全47巻の完結を目指し,現在準備中です。平成28年春には待望の第1巻『長野県の家庭料理』の刊行が予定されております。

 本調理科学会はこれまでの歩みを踏まえて,今後も調理科学の研究と普及に貢献していく所存です。ご支援とご協力をお願いいたします。

目 次

第102号平成27年9月1日

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