建帛社だより「土筆」

平成27年9月1日

人生九十年時代におけるProductive Aging の意味

実践女子大学教授  細江 容子この著者の書いた書籍

 2012年に閣議決定された「高齢社会対策大綱」では「人生六十五年時代から人生九十年時代へ」「高齢者は支えられる側から支える側へ」を提唱している。

 生労働省の2012年の調査では,日本人の平均寿命(死亡率などをもとに,その年に生まれた0歳の子どもが何年生きられるかを示す数値)は女性86.41歳,男性79.94歳で,女性は2年ぶりに世界一,男性も0.50歳延びて8位から5位に上昇した。高齢者の平均余命はさらに長いといえる。

 2013年の調査では,百歳以上の高齢者は,前年から3021人増の54,397人,43年連続の増加で過去最多を更新した。国立社会保障・人口問題研究所の「日本の将来推計人口」(2006)では,百歳以上高齢者は2050年には68万人になるとしている。以上から,人生65年を前提としたこれまでのシステムを引き延ばす政策展開や人生設計ではなく,すぐに訪れるであろう百年時代を前提とした長期的政策の方向性や個人の人生設計を考える時代に来ているといえよう。

 齢期,仕事から生活中心のライフスタイルへの転換により,仕事や交友関係,家庭内の役割などを見直し,スローライフを前提としつつも余暇の過ごし方をとらえ直す必要があるといえる。若者とともに老若共同参画社会を構築するための方策,さらには日本の未来を切り開くための高齢者のあり方やエイジレス社会実現のための方策を考える時代が来ているといえる。少子高齢社会の中で高齢者一人ひとりの活動が,高齢者を「老害」とはいわせないイメージ構築につながる。今日それが可能なのは,高学歴ホワイトカラーの高齢者割合が増え,その経験を生かした社会関係の中で自己有用感に支えられた高齢者の自己変革が可能だからである。

 1983年,ハーバード大学主催の国際セミナーでButlerはProductive Agingの理念を打ち出した。彼は「高齢者を社会の弱者として差別や偏見の対象とするのではなく,すべての人が老いてこそますます社会にとって必要な存在であり続けること」を述べている。さらに,高齢者を「お荷物」「役立たず」「老いぼれ」とすることへ異議申し立てをし,そのような偏見をなくすこと,高齢者も若者と同様生産的で,社会への積極的な参加が可能なことを世の中に訴え続けた。

 生九十年時代,このProductive Agingの考え方は重要である。しかし,国の政策的視点からの個人への押し付けでなく,真の意味で高齢者のwell-beingの追求を目的とすることに,私たちは注意を払わなくてはいけない。そうでなければ,様々な心身の問題を理由にProductiveでない高齢者への批判につながりかねない。高齢期はそれぞれの生活史から個人の心身の状況が極めて多様で,個人差が大きい。私たちはあくまで個人のwell-beingの追求を目的としたProductive Agingであることを,心に留め置く必要がある。

 ーテは「ひとりの人間の生活そのものが,その人の性格」と述べている。その人の日々の生活が,その人の全体を表しているといえる。高齢期最後まで尊厳をもち生きていける社会にしていきたいものである。

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第102号平成27年9月1日

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