建帛社だより「土筆」

平成27年9月1日

国際化に対応した感染症対策

畿央大学客員教授  北田 善三この著者の書いた書籍

 1980年5月に世界保健機関(WHO)が,天然痘の根絶を宣言しました。人類が一つの病原体を撲滅したのは初めてのことです。今年はこの宣言から35年目を迎えましたが,この間WHOでは急性灰白髄炎と麻疹の根絶に取り組んできました。その結果,本年(2015年)3月,日本が麻疹の排除状態にあることが認定されました。とはいっても,海外から持ち込まれたウイルスによる患者が毎年発生しており,感染の機会がなくなったわけではありません。

 然痘が根絶された翌年,米国においてエイズの流行が始まるなど,現在も人類は多くの感染症と戦っています。2002年11月に中国広東省に端を発した重症急性呼吸器症候群(SARS)は,その後香港を経由して短期間のうちに世界に広がりました。2003年7月にWHOはSARS制圧を宣言しましたが,先日来SARSと似たコロナウイルスを病原体とする中東呼吸器症候群(MERS)が韓国で流行しており,旅行者による世界への広がりが懸念されています。

 2009年2月にメキシコで流行が始まった新型インフルエンザは,その後あっという間に世界に広がり,WHOは6月にパンデミックを宣言しました。日本でもウイルスの国内侵入を防ぐための水際作戦を実施しましたが,残念ながら5月に国内発生が確認されました。2013年12月に西アフリカのギニアで流行が始まったエボラ出血熱は,たちまち周辺国に広がり,現在までに死者数が約一万千人に達する大流行となりました。本年(2015年)5月にリベリアで終息が宣言され,ようやく沈静化の方向に向かい始めました。

 年(2014年)夏には代々木公園周辺でデング熱の感染が発生し,社会問題となりました。その後の調査でほかの公園周辺でも患者が確認されました。以前から海外で感染し国内で発症する人が確認されていましたが,これほど多くが感染するのは69年ぶりで,今年も公園での薬剤散布が始まっています。

 本は島国でもあり,他国での流行をなかなか自国での流行に結びつけて考えられませんが,航空機に代表される交通機関の発達,人の移動や食料等物資の世界的な流通,世界に広がる社会活動などにより,以前に比べて感染症ははるかに身近なものになっています。これらに対応するためには,検疫・入国審査や出入国者に対する広報など水際作戦の強化が必要です。しかし,海外からの旅行者の増加も相まって潜伏期間内に入国する感染者が多くなっており,水際作戦だけで外来感染症の侵入を防ぐのは困難であり,入国後の監視体制の充実が必要です。さらに,高度危険病原体などに早急に対応するための高度安全実験(BSL-4)施設の整備を含めた検査・研究体制の強化も必要です。

 た,国民の感染症に対する認識の甘さから伝統的な食習慣を無視した食品の生食による感染,感染症に対する知識の欠如によるペットからの感染,流行がみられないからといった理由による予防注射接種率の低さ,海外旅行での感染症に対する無防備さによる感染などもあります。まずは,感染症に対する国民の危機意識を高めていくための教育,啓発活動の強化が求められています。特に,各種学校における感染症予防に向けた教育の一層の充実が必要です。

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第102号平成27年9月1日

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