建帛社だより「土筆」

平成28年1月1日号

管理栄養士・栄養士養成における職業倫理教育とリベラル・アーツ

公益社団法人日本栄養士会会長 同志社女子大学教授  小松 龍史この著者の書いた書籍

 本における栄養士の養成は,大正15年に「栄養手」として,佐伯矩(さいきただす)医博によって始まりましたが,長く私的な資格として養成されてきました。国が関与したのは終戦直後で,昭和20年に「栄養士規則」,昭和22年に「栄養士法」が制定され,法的根拠をもった栄養士制度がスタートしました。

 時は戦後で食糧事情が悪く,栄養「欠乏」が大きな問題であり,その国難とも言える危機対応の一環として,国民の栄養改善が差し迫った課題であったという背景が存在したからであると考えられます。その後,経済成長に伴って「過剰」へと栄養問題は変化し,成熟社会となった現代においては「偏り」と「過剰」と「欠乏」が混在する多様な栄養問題を抱える時代になりました。

 のように時代の変化に伴って,管理栄養士・栄養士の社会的役割は変化し続けており,栄養と食に関する専門職としての職業倫理を基本にした専門性の多様化や深化が求められるようになっています。過去においては,女子教育の一環として家庭での栄養管理が栄養士養成における意義の一つとしてとらえられていたこともあり,栄養と食に関する専門職業人養成というニーズに必ずしも応えられていない時期もありました。しかし,社会における女性の活躍する場が増え,管理栄養士・栄養士の専門職としての役割が高まるにつれ,養成施設における専門職養成の重要性が認識されてきたように感じます。特に管理栄養士が登録制から国家試験による大臣免許制になって以来,その傾向は強くなっています。

 のようなことから,専門職養成には,専門的知識や技術だけでなく,専門職としての職業倫理や使命感を育てることと,幅広いリベラル・アーツの視点が欠かせません。専門職業人にはプロとしての適切な職業倫理観が求められることは当然です。それぞれの養成施設は真剣にこの点の強化を図るべきだとつくづく感じています。

 らに専門科目だけでなく積極的に幅広い科目を学ぶことの重要性は広く認識されています。特に欧米ではリベラル・アーツの考え方が大学教育に色濃く反映され,いわゆる大学の四年間では幅広い教養を身につけることに主眼が置かれ,専門は大学院(メディカルスクールやロースクールなど)で学びます。日本では即戦力へのニーズが高いため,大学四年間で教養と専門科目を修めてしまうような教育カリキュラムになっています。また専門学校も高卒生の入学が主となり,本来の専門学校のあり方とは異なるのではないかと感じます。すなわち日本ではリベラル・アーツが軽視されているように感じます。

 理栄養士養成に目を移すと,国家試験への養成施設の取り組みが過剰とも言えるように感じることがあります。すなわち合格率が高いほど学生が集まる傾向にあるため,経営的視点からも注力せざるを得ない一面をもっているからです。その結果,教員も学生も国家試験科目には力を注ぐが,専門外科目や教養科目を軽視しがちです。大学教育の要とも言える卒業研究さえ行われないこともあるそうです。まさに大学が国家試験の予備校化していると言っても過言ではありません。本当にこれで良いのでしょうか?

 ベラル・アーツの後半部分のアーツとはいわゆるアートです。これは人自らがつくり出し,創造する分野のことを意味します。音楽しかり,絵画しかり,文学しかり,宗教しかり,広く言えば人の生き方や人生観などもアートと言えます。このような教養はすぐに役に立たないかもしれませんが,長い目で見ると役に立つと考えるべきです。

 ベラル・アーツの学びは,幅広い教養につながり,人としての幅や決断力,コミュニケーション力,リーダーシップにまで波及すると考えるべきで,社会で真に役立つ専門職としての管理栄養士・栄養士養成において,職業倫理観や使命感といった基本的なコンピテンシーへの到達とリベラル・アーツの涵養について,改めてその重要性を指摘しておきたいと思います。

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第103号平成28年1月1日号

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