建帛社だより「土筆」

平成28年1月1日

声の疲労

県立広島大学教授  城本 修この著者の書いた書籍

 国では,人口の3分の1が過去に何らかの音声障害を経験したことがあり,人口の約7%が現時点で何らかの音声障害をもっていると報告されている。また,この7%が音声障害のために過去1年以内に仕事を休んだ経験をもつことから,音声障害による経済的損失は年間25億ドルにものぼると推定されている。

 方,日本においては,1997年に厚生労働省が言語聴覚士の国家資格認定の際に試算した推計に基づくと,国内の音声障害患者数は17万人以上で,そのうち言語聴覚士による発声訓練が必要な患者は8万人以上となっている。その8万人のほとんどは,声帯に器質的異常を認めない機能性発声障害と考えられている。さらに,8万人の機能性発声障害の発声訓練を行う言語聴覚士は,全国で約千人以上は必要であると推計されているが,現在では百人にも満たないというのが実情である。

 能性発声障害は,喉頭視診上,そのほとんどが声帯に器質的異常はないにもかかわらず,音声疲労や嗄声を主訴としている。しかしながら,喉頭視診上,器質的疾患が認められないことから悪性疾患ではないということでそのまま放置されることも多い。そのため,音声疲労や嗄声が慢性化し,声帯粘膜組織に微小な組織変化を引き起こし,不可逆的な音声障害を誘発することもある。

 とんどの機能性発声障害患者は,嗄声よりも音声疲労を強く訴える。音声疲労の症状としては,①声質の変化(嗄声),②声の制約,③発声に関するコントロール力の低下,④喉頭不快感,⑤喉頭組織の炎症や腫脹などが起こる。こうした音声疲労現象については,その実態はまだ十分解明されているとは言えない。したがって,声帯に器質的異常が認められないからといって放置せず,2週間以上も症状が続く場合は,喉頭を専門とする耳鼻咽喉科医での精査をお勧めする。

 て,音声疲労に対する予防策はというと,今のところ,残念ながら有効な薬物や治療法については明らかにされていない。しかし,実はある種の発声訓練が有効であったとする報告がある。つまり,地道にコツコツと発声訓練を繰り返すしかない。

 声疲労は,運動後の筋肉疲労と似ている。運動競技における筋肉(遅筋や速筋)の発達の仕方やその運動の原理は,発声にも当てはまると思われる。歌唱や講演などは「声の運動競技」と言ってもよいだろう。

 えば,長時間(2時間程度)の声の使用は,過剰な筋肉トレーニングよりも問題が多い。なぜなら,そもそも人間の身体組織は長時間の振動に耐えうるようにはできていないからである。声帯振動は1秒間に70~1,000回程度で,常に両側声帯はぶつかっている。よくしゃべる人では,1日に1万回は,声帯を振動させていると言われているので,声帯は70万~1,000万回も振動していることになる。しかも急速な加速や減速を繰り返している。したがって,運動選手のトレーニングのように,声は自分で地道に適切な方法で発声訓練を繰り返し,音声疲労耐性をつくることが重要である。

目 次

第103号平成28年1月1日

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