建帛社だより「土筆」

平成28年1月1日

疾患の医学から健康医学への提言

関西医科大学名誉教授、 弘正会西京都病院名誉院長・心療内科部長  中井 吉英この著者の書いた書籍

 WHOは日本の医療が世界第一位の水準であると発表した(2009年7月7日)。Newsweek紙(2010年)では世界の成長力・幸福度ランキング健康部門で日本は世界一。ランセット日本特集号「国民皆保険達成から50年」(2011年9月)も日本の医療が世界第一位の水準であると述べている。

 かし,世界で遅れている分野がある。それは病気にならないための健康医学である。医学がこれほど発展したにもかかわらず糖尿病は増え続けている。身体の病気ととらえる従来の発想から,生活習慣やライフスタイルの病として,その治療は食行動を含む行動医学によるアプローチが不可欠である。二型糖尿病について厚生労働省の実態調査では,糖尿病が強く疑われる人,可能性が否定できない人を合わせると1,620万人である。年を追うごとに増加している。

 近発表された久山町研究(清原裕:「糖尿病学の進歩」学術集会にて発表)によると,その原因には,食生活,運動不足,車社会,ストレスの増大など,ライフスタイルの欧米化が推測される。各人の生活習慣やライフスタイル,社会,環境,文化は,独立した要因でなく,互いにシステムとしての関係性を有し,糖尿病の発症に関与している。

 学がこれほど進歩したにもかかわらず,糖尿病の発症を予防できないとすれば,根本的な発想の転換が迫られる時代にきているといって過言ではない。健康医学と予防医学への転換こそ,今,求められている医学である。

 康医学推進のためのモデルづくりには,公衆衛生・衛生学の健康増進に関する積極的な医療への参加が期待される。久山町のような小規模な集団を対象に,公衆衛生・衛生学の専門医が,行政,保健所,医師・栄養士・運動療法士などの医療スタッフのチームマネージャーとなり,健康医学推進のためのモデルづくりの実践が必須である。しかし,このモデルづくりには,国家的なプロジェクトが必要となろう。

 デルをつくる際に,従来の医学・医療モデルであるbiomedical modelでは難しい。このモデルは線形で,原因¥文字合成(合成, ,―)結果に基づく要素還元主義による。生活習慣病の予防に必要な関係性,個別性,社会,心理,人間性などの要因の関係性を重視した非要素還元主義によるbiopsychosocial medical modelが必要となる。なお,モデルづくりの際,障害になる点がある。日本人は欧米人と違い,セルフケアやセルフコントロールが苦手で受身的性格な国民性であることだ。この壁をどう乗り越えるか。文系の人たちの参加が必要なのである。

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第103号平成28年1月1日

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