建帛社だより「土筆」

平成28年1月1日

私の児童虐待防止対策

東北福祉大学特任教授 厚生労働省社会保障審議会専門委員  草間 吉夫この著者の書いた書籍

 生労働省は,10月8日,昨年度一年間に児童相談所に寄せられた虐待に関する相談が,88,931件にのぼったと発表(速報)した。これは,統計を取り始めた平成2年から24年連続して増え続けている数字である。減少に転じる気配は一向にみえず,むしろ児童虐待は深刻さを増している。産経新聞の取材に対して厚労省は「虐待そのものが増えていることに加え,社会的意識の高まりで,警察からを含めた通告や相談が増えた結果」と分析している。

 さに児童虐待防止対策は緊急を要している。厚労省では昨年度,児童虐待防止対策のあり方に関する専門委員会を設置し,今年度(平成27年度)8月28日に報告書をまとめ上げた。報告書では,切れ目のない支援をはじめ関係機関の連携強化や児童相談所の機能強化など,盛りだくさんの提言がなされた。筆者は前述の委員会で委員を務め,多くの意見を述べた。

 稿では,委員会では発言しなかった観点から児童虐待防止対策を考えてみたい。まず言えることは,昔と今とでは子どもを育てる環境が大きく変わったということである。昔は親子の紐帯は固く,兄弟姉妹・親戚は多く,祖父母も近くに住み,近所同士のつながりも強かった。これが,かつてはどの家庭でもみられたあたりまえの光景だった。

 ころが今はどうか。全くの真逆である。親子の絆は弱まり,兄弟姉妹・親戚は少なく,祖父母は遠く(田舎)に住み,近隣とのつき合いは疎遠になった。昔と今ではまるで違う環境のなかで,子育てが行われているということがわかる。

 まり,子どもにかかわる人が激減してしまったということである。かかわる量を愛情と置き換えてみれば,子どもが受け取る愛情の総量は,半減どころか限りなくゼロに近い。ということは,子育ての負担は,親(母親)の肩にすべて重くのし掛かっていると言える。このような大きな変化の下,リスクヘッジのない状況で親(母親)は子育てをしている。

 ーフティネットが働かないだけに,今のほうが虐待は起こりやすいと言える。これが筆者の児童虐待に対する認識である。では発生を防ぐにはどうすればよいのか。筆者は,かつて日本にあった子育ての形を再現することであると考える。

 まり,親子が向き合える仕掛けづくりを行うこと,子どもを生み育てやすくする環境整備を推進すること,地域コミュニティの再生を図ることである。親子関係強化策には農業が最適だ。米や野菜を親子で一緒につくる体験事業が考えられる。「イクメン」を増やし,仕事と子育ての両立支援を官民あげて強力に推し進める取り組みが考えられる。地域で最も集客力のある小学校ごとに祭りを開催するのも一案となる。

 のように,親と子のかかわり軸である親子軸,兄弟・親戚の関係軸となる親族軸,地域コミュニティとの関与軸となる地域軸,以上三つの基軸を現代に合った形で再生していくことにより,虐待を防いでいくことができるのではないか。かつてあった基軸をもう一度再生させることが虐待防止につながると筆者は考えている。

目 次

第103号平成28年1月1日

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