建帛社だより「土筆」

平成28年1月1日

家政学再考のとき

椙山女学園大学教授  東 珠実この著者の書いた書籍

 (一社)日本家政学会家政学原論部会では,部会創立五十周年に向け「行動計画2009―2018」を進行中である。その成果の一つとして,私たちは「家政学的研究ガイドライン案」をまとめ,2013年8月に公表した。この中で家政学は「個人・家族・コミュニティが自ら生活課題を予防・解決し,生活の質を向上させる能力の開発を支援するために,家庭を中心とした人間生活における人と環境との相互作用について研究する実践科学であり,総合科学である」と定義されている。ここでは,1984年の日本家政学会による定義の基本理念を踏襲するとともに,国際家政学会(IFHE)の「Position Statement 2008:21世紀の家政学」に掲げられた「個人・家族・コミュニティのエンパワーメントとウェルビーイング」を家政学のアイデンティティとして重視した。

 れと時期を重ねて,日本学術会議は,大学教育の分野別質保障の在り方を審議し,その一環で「家政学分野の参照基準」が検討された。2013年5月15日には,健康・生活科学委員会家政学分野の参照基準検討分科会より報告書が公表されたが,「家政学の定義」において,1984年の学会定義にみられた「家庭生活を中心とした」というフレーズが削除されるなど,新たな見解も導入された。一方,日本家政学会でも「家政学の質保障特別委員会」を設置して参照基準を検討し,第六十五回大会では,最終報告案作成のための報告会を開催したが,日本学術会議による上記報告書が先にまとめられた。専門家集団による議論が十分に参照基準に反映されなかったことは,非常に残念である。

 際性を特徴とする家政学では,かつてアメリカがそうであったように,日本においても領域が細分化し,それぞれが独自に専門化していくとともに,家政系学部の名称が多様化し,その中核となる理念を共通認識することが困難となっている。そのような中で,上記の「家政学分野の参照基準」は一定の意味をもつが,その活用は未だ十分とはいえず,研究者による,家政学の基本理念に関するさらなる熟考が求められる。

 本の家政系学部の名称変更の動きは,近年ようやく落ち着きつつあるが,日本家政学会の会員数は減少傾向にある。これを受け,現在学会では,財政上の必要もあり,複数の部会による夏期セミナーの合同開催や,各部会報に掲載している論文を学会誌に掲載していく方向性などを模索している。このことは同時に,専門化・細分化を続ける各領域を家政学という傘の下で再び結集させ,その魅力を高めようとする試みでもある。少子高齢化や地球規模での環境問題,継続的な被災地支援などの社会的課題の解決に向け,個人・家族・コミュニティが果たせる役割は大きい。いままさに日本でも,家政学を再考すべき時機が訪れている。多分野の研究者による積極的な議論に期待したい。

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第103号平成28年1月1日

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