建帛社だより「土筆」

平成30年1月1日

栄養学の学術としての確立をめざして

特定非営利活動法人日本栄養改善学会理事長 女子栄養大学教授  武見 ゆかりこの著者の書いた書籍

 養学は,人間の発育・発達の確保,老化の遅延,病気の予防や治癒,健康増進を目的に,食物と,人体およびその関係性と社会環境要因のすべてを探求の対象とする総合的・複合的な学問領域です。また,栄養学はその研究成果をもって人びとの望ましい食生活の実現と健康の維持増進に役立つこと,すなわち実践を伴う点に特徴を有する学術といえます。しかし,その学術としての立ち位置は,研究面でも教育面でも脆弱といわざるを得ません。
 の状況を少しでも改善すべく,日本栄養改善学会は,関連学会と連携協働し,いくつかのアドボカシー活動を行ってまいりました。
①研究面の体制整備
 年度までの科学研究費助成事業(科研費)の申請では,「系・分野・分科・細目表」の中に人間(ヒト)の栄養学を示す枠はなく,キーワードでようやく統合栄養科学などがみられる状況でした。また,日本学術会議の会員・連携会員の専門分野には未だに栄養学はありません。以前,私が連携会員になったとき,専門分野を近接領域である農学,食料科学,健康・生活科学の中から選ぶしかなく,大いに悩みました。
 うした状況を打破すべく,文部科学省が平成28年4月に科研費審査システム改革2018に関するパブリックコメントを募集した際,栄養学関係六学会(日本栄養改善学会,日本栄養・食糧学会,日本病態栄養学会,日本臨床栄養学会,日本健康・栄養システム学会,日本栄養学教育学会)が連携して要望書を提出しました。「健康科学およびその関連分野」の中で「栄養学」の位置づけを求めました。関係者や関連学会にも広く意見提出を呼びかけた結果,平成30年度の科研費から小区分に「栄養学および健康科学関連」枠ができました。小区分として示されることにより,「栄養学」を社会や他分野の研究者にも見える化し,より発展的・学際的な研究が促進されると期待できます。
 のときの経験から,いざというときのアクションのためには,平常から複数学会が連携する体制を整えておく必要があると考え,連合組織の立ち上げを呼びかけました。栄養学関係15学会の参加を得て,平成29年1月に「日本栄養学学術連合」が発足しました。連合の目的は,栄養学の学術としての質を高め,その成果をもって,少子高齢化が進展する日本社会の健康寿命の延伸および生活の質の向上に寄与することです。ぜひ一度,連合のHP(http://fjns.jp/)をご覧ください。
②教育面の体制整備
 術の発展には,その学術を担う人材養成が不可欠です。大学・大学院,学部,学科を新設あるいは改組する場合は,文部科学省の大学設置・学校法人審議会の大学設置分科会に申請を行い,審議を経て認可されます。申請書はまず専門委員会で審査されますが,栄養学関係の申請があった場合は,家政学専門委員会で設置の趣旨,教育課程,教員組織などの審査が行われます。しかし,冒頭に述べたような学術としての範囲からみて,栄養学は家政学の枠を超えていると考えます。また,かつて昭和39年頃には,栄養学専門委員会が存在し,既存の農学部や家政学部と区別して,栄養学は栄養に関する学術研究の新しい総合領域とみなしていたことを示す記録が残っています。そこで,昨年9月に,日本栄養学学術連合として,全国栄養士養成施設協会と連名で,文部科学省に「栄養学専門委員会」設置の要望書を提出致しました。現在,結果を待っているところです。
 た,栄養学を基盤とする専門職である管理栄養士・栄養士の教育養成に関し,厚生労働省が平成29年度より「管理栄養士・栄養士のための栄養学教育モデル・コア・カリキュラム」の検討に着手し,日本栄養改善学会がこの事業の委託を受けました。学会では,管理栄養士・栄養士のめざす姿に関する調査,教育養成現場の実態把握,組織における幹部候補者育成のあり方検討の三つのワーキング・グループをつくり,現在精力的に作業を進め,来年3月には,栄養学教育モデル・コア・カリキュラムの枠組みを提示予定です。

 上のように,研究と教育の両面から栄養学の学術としての基盤整備を行い,人材養成を充実させることで,栄養学が国民の健康寿命の延伸に確実に寄与できる学術であることを社会にアピールできるようになる,そんな未来を夢見つつ新年を迎えております。皆さまの益々のご活躍とご多幸を祈念いたします。

目 次

第107号平成30年1月1日

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