建帛社だより「土筆」

令和元年9月1日

日本調理科学会が伝え継いでいきたい視点

一般社団法人日本調理科学会会長 お茶の女子大学教授 香西 みどりこの著者の書いた書籍

 1968年,日本調理科学会の前身となる調理科学研究会が発足し,会則に「調理科学に関する研究の推進ならびにその知識の普及を図る」という目的が掲げられました。初代会長である松元文子先生は「調理のコツが真実ならば,そこには科学があるはずである」という信念のもと,この新制大学後に発足した新しい学問分野の礎を築かれました。学会誌に相当する『調理科学』には調理科学研究手法を模索する会員のための講演会が詳細に記録されており,本誌を通しての情報提供がうかがえます。調理科学研究において調理の現象を把握し,機構を解明する際に必要となる基礎分野は,物理・化学・生物と広範囲にわたり,まさに総合的,学際的という表現があてはまる学問分野であります。

 1985年,調理科学研究会の会員が増えたことから,研究発表大会を行う学会として「日本調理科学会」に改称しました。改称にあたり,目的は「調理に関する科学的研究の推進及び知識・技術の普及を図ること」となりました。「調理に関する事項すべて」が研究対象であり,また知識に加えて技術の普及が含まれ,研究の範囲が広がりました。この目的は2011年に法人化して「一般社団法人日本調理科学会」となった現在にも継承されています。特に「調理に関する知識・技術の普及」は次世代につなげる意識をもつうえでも大切なことばと考えています。

 2017年,学会創立50周年を迎えた際に,記念事業の一環として書籍を制作することとしました。

 47都道府県に分布する本学会の会員が「調理文化の地域性と調理科学」というテーマで2012年から行ってきた研究成果をもとに,さらに伝統的な地域の家庭料理の聞き書き調査を通して「次世代に伝え継ぐ日本の家庭料理」としてまとめる研究活動を行っていました。この調査研究の成果を日本調理科学会が企画・編集し,「伝え継ぐ日本の家庭料理 全16巻」として農山漁村文化協会から発行します。2017年11月の第1巻から2021年8月の第16巻まで,4年をかけての発行となります。

 国に著作委員会を設置し,都道府県ごとに40点の次世代に伝え継ぎたい家庭料理を選びました。その際の基準は,昭和40(1965)年前後に地域に定着していた家庭料理と,地域の人々が次の世代以降にも残したいと願う料理,の2点でした。全国から約1,900品の料理が集まり,それを「炊き込みご飯・おにぎり」「どんぶり・雑炊・おこわ」「すし」「そば・うどん・粉もの」「汁もの」「魚のおかず1」「魚のおかず2」「肉・豆腐・麩のおかず」「野菜のおかず1」「野菜のおかず2」「いも・豆・海藻のおかず」「米のおやつともち」「小麦・いも・豆のおやつ」「漬物・佃煮・なめ味噌」「年取りと正月の料理」「四季の行事食」の16のテーマに分類し,巻ごとに80~90品が掲載されています。

 た,本シリーズには以下が織り込まれています。①会員が聞き書きした材料・作り方などを提示した再現可能なレシピ,②料理にまつわる地域のエピソード,③プロのカメラマンによる協力者や会員が作った料理のカラー写真,④毎巻の「読み方案内」や,テーマに関する説明を加えた「調理科学の目」などの会員による詳細な調理科学的解説。これらはまさに日本調理科学会が目的とする「調理に関する知識・技術の普及」であり,次世代に伝え継ぐという食文化の継承と,日本人型食生活が定着していた時代の家庭料理を「全国的規模で次世代に継承しよう」という願いを表しています。

 「調理科学」という,人の生活に密着した分野が社会に貢献できることの1つに情報発信があり,情報は受け手があることで価値が高まります。一般社団法人日本調理科学会は今後も調理科学の研究成果を発信し,伝え継いでいく所存です。何卒ご支援とご協力を賜りますようよろしくお願い申し上げます。

目 次

第110号令和元年9月1日

全記事PDF