令和3年1月1日
あれから10年 災害栄養の扉をあけて
国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所国際災害栄養研究室室長 笠岡(坪山)宜代この著者の書いた書籍
「これは現実? こんな栄養不足があるなんて」。被災地で見たショッキングな光景が今でも目に焼き付いている。水も食料も足りない! あってもおにぎり,菓子パン,カップ麺ばかり…。赤ちゃんや高齢者,食物アレルギーがある方の食事がない。日本にはもう栄養問題など存在しないと思われているのに,被災地は低栄養で病気がどんどん悪くなっていくという過酷な状況だった。あの東日本大震災から今年で10年。災害のたびに繰り返されてきた栄養問題は改善されたのであろうか。
世界で初めての災害栄養の研究室が発足
「災害大国日本だからこそエビデンスを国内にも世界にも発信しなければ」,この想いが形になったのが国立健康・栄養研究所の国際災害栄養研究室である。2018年4月に政府関連機関として世界初の災害と栄養を専門とする部署が生まれた。国立健康・栄養研究所は,昨年創立百周年を迎えた世界で最も古い栄養の研究所である。百年の時を経て,世界で初めての災害栄養が誕生したのである。
スローガンは「エビデンスtoアクション!」
研究のための研究ではなく,被災された方の助けになる研究と,アクションとして後方支援もしている。
実を言えば,10年前には災害栄養のエビデンスはほとんどない状況であった。筆者らはこの10年で40報以上の論文を発表し,避難所の食事をよくするには「大人数の避難所にしないこと」「ガスを使って調理できること」「おかずを一品でも出すこと」「栄養士が献立をつくること」等が大切だとわかった。これらの論文はガイドライン等に活用され,日本栄養士会災害支援チーム(JDA―DAT)等の活動にも生かされている。
今般の新型コロナウイルス対応も,災害栄養の役割となった。武漢からのチャーター便帰国者が滞在した施設の食事は栄養に課題があり,また,軽症・中等症患者の療養施設での食事にもSOSが出された。避難所の食事に似ていて,菓子パン,おにぎり,揚げ物弁当等が多く出されていたのである。また,緊急事態宣言が出て,スーパーマーケットから食料品がなくなったことは記憶に新しい。食事が後回しになり,軽視されていることを痛感した。
この時,災害用につくられた「避難所における食事提供の計画・評価のために当面の目標とする栄養の参照量」(厚生労働省)が役立ったのである。まだまだ緊急時の食事は道半ばであるが,普段の食育を促進することが大切だと感じている。
ゴールは,災害時栄養のエビデンスを普遍化することである。災害時には健康が急激に悪化し損なわれるが,ほとんどは平時と同じ課題である。つまり,被災地は日本の健康・栄養問題の縮図といえよう。
話は飛躍するが,災害食と宇宙食はそっくりだ。災害時の経験やエビデンスは普段の生活だけでなく,未来の宇宙での食事や健康問題をも解決できる可能性を秘めている。次の10年に向け,地球の未来を,そして宇宙の未来も変えていくため,食事は我慢しない,後回しにしない取り組みをより加速させていきたい。
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