平成22年9月1日
介護分野における外国人人材問題
日本福祉大学 教授 小椋 喜一郎この著者の書いた書籍
今年3月,青森県のある特別養護老人ホームを訪問,そこにインドネシアからの介護福祉士候補者が6人働いていることを知った。施設長さんによれば「当初イスラム教による礼拝や食べ物のことでとまどったが,地域社会や利用者の受けも良く,彼女らの仕事には何の心配もない。今のところ施設での日本人職員採用に苦労はしていないし,候補者のために結構な費用負担などがあるが,十年先,二十年先を見越した場合,外国人採用は必須ではないか。」というお話であった。
2008年7月のインドネシア,同12月のフィリピンとの経済連携協定(以下EPA)を通じて,2008年8月から2010年5月までに看護師・介護福祉士候補,計998人が来日している。また,EPA以外でも,介護施設では,日本人配偶者や日系人などが多数働いている現実もある。東京都社会福祉協議会によれば,東京都内の特別養護老人ホームでフィリピン・中国・韓国籍などの女性が101施設196人働いているという。
EPAでの問題は国家試験合格率であろう。大学などで社会福祉士や介護福祉士の国家試験受験対策の講義をしていて,学生や若い社会人受験生の質問の内容が変わったと感じている。それは,試験内容,専門用語というより,日常的な日本語の問題であった。漢字が読めなかったり,言葉の意味が理解できなくなっているのである。特に,古くから用いられる慣用語などで甚だしくなっている。日本語を母国語とする人々でさえこのようなあり様である。医学・法律などの専門用語を外国の人たちが理解するのは一層困難であろう。
また,介護福祉士候補は,4年間の滞在期間があっても国家試験の受験機会は1回(看護師は最大3回)である。日本人でさえ合格率50%程度の状況で,高合格率を期待することはできない。そして不合格の場合には,帰国の途しか残されていない。
案の定というわけではないが,2010年2月,初めて看護師の国家試験を受験したインドネシア・フィリピンの人たちの合格率は芳しくなかった。254人が受験し合格者3人,「1.2%の衝撃」なる言葉が医療福祉の関係者の間に飛び交った。合格者のうち1人は総合大学看護学部の成績優秀者で看護師協会の能力試験でも高得点であり,もう1人は,大手国立循環器病センターの勤務経験者で,学歴・職歴が高かったという。奥島美夏氏の分析によると,フィリピンの介護福祉士候補者は,看護師有資格や総合大学出身者も多く,高学歴者の占める割合が高い。しかし,なかには米国などに行けなくて,「日本ならとりあえず4年間働ける」といった選択肢もあるともいう。人材の定着や国家試験合格を真剣に考えるなら,学歴・職歴や,よりよい人材の吟味も不可欠であろう。
当面,介護など福祉の分野では「2025年問題(団塊世代の後期高齢期突入)」がある。大学等の福祉系・介護系の定員割れもあり,人材不足の深刻化も予測される。ともあれ,こうした問題を論じるとき,異(多)文化への理解が欠落していることもあろうし,現在の介護現場の状況やこれからの人材養成問題など,複眼的な視点から検証し,希望をもって来日した候補者が失望して帰国することのないよう論議することが求められる。
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