建帛社だより「土筆」

平成23年1月1日

はやぶさ、ノーベル賞と子どもたち

東京大学名誉教授 独立行政法人科学技術振興機構理事長 北澤 宏一この著者の書いた書籍

 年もかけて宇宙を飛行し,小惑星「イトカワ」に着陸し,そこの砂を採取してオーストラリアに帰還した日本の宇宙探査船「はやぶさ」が大きな感激を日本人に与えてくれた。故障で帰って来ることができないのではないかと何度も心配した。しかしその都度,すばらしい工夫で困難を乗り越えて,ついに地球に帰還したのである。はやぶさプロジェクトを率いてきた川口淳一郎教授の話は,本当に感激の物語だ。

 して12月,ノーベル化学賞が北海道大学の鈴木章先生,米国パデュー大学の根岸英一先生らに与えられた。21世紀になってノーベル賞を受賞した日本人は9人になった。日本は他の国から「どうやったらノーベル賞を取れるのか?」と尋ねられるようになってきた。お二人とも苦学生であったり,あるいは,就職がなくて海外に行ったりと,必ずしも最初から順風満帆ではなかった若かりし時代を経験しておられる。そのような時代を明るくポジティブ志向で生きてこられたお二人の言葉が,私たちに希望を持たせてくれる。

 どもたちはいろいろなことに自分の明日の夢を重ね合わせて見ている。イチローになりたい,北島康介になりたい,石川遼になりたい……。いろいろな夢を描きつつ生きていく。いろいろな方向に向いた物差しがあり,子どもたちはどの方向に伸びると自分が一番大きく伸びることができそうかを計る。私自身はこれらの子どもたちの三割くらいを,理科が好きな子どもに育てたいと思っている。

 学生や高校生に質問すると,その多くが「科学は地球に悪影響を及ぼしている」と答える。このことは私にとって大きなショックである。しかし,確かに科学技術の発展によって生じた大きな経済産業活動が地球環境問題を引き起こしていることは事実だ。日本の子どもたちはそのことを敏感に感じている。そして大人たち以上にそのことを心配している。彼らが生きていく未来の地球のことなのだ。彼らの正義感は,地球環境問題を解決する道を探そうとする。

 学技術者としての私の任務は,その道を子どもたちと一緒になって考えていくことである。「平和維持と地球環境」は21世紀最大の問題であると思う。解決は可能だが,その道は容易ではない。

 ネルギーや資源のない日本でも,江戸時代の生活レベルに戻るとほぼ自給自足の,環境を悪くしない「サステナブル」な状態に達するとされる。ひとつの可能なモデルである。あとは,「江戸時代」からスタートして,環境に悪影響を与えずにどれだけそれ以上の豊かさを得ることができるかが問題となる。21世紀後半の私たちの生活のレベルを決めることになるからである。

 しも全くクリーンな電力を得ることができるならば,実は問題のほとんどが解決できる。例えば,自動車など交通をすべて電気にし,家庭や製造業もすべて電気で動くようにすることは可能である。飛行機はなるべく地上のリニアモーターカー(飛行機より速く走ることも可能)などに置き換えていくこともできるはずだ。リサイクルが現在なかなか進まない理由も,エネルギーが必要だからである。もしも,エネルギーがふんだんにクリーンに得られるようになれば,資源問題も解決するだろう。

 どもたちと「ではどうやってクリーンエネルギーを得ることにしようか?」 と話し合うと,子どもたちは「太陽電池!」「風力発電!」と言う。なかにはよく知っていて「海洋温度差発電!」「潮汐発電!」などと言う子どももいる。たしかに,これらの発電方式は何の燃料もいらないし,環境に排ガスも出さない。原子力発電のようにテロや放射性廃棄物を心配する必要もない。

 どもたちが未来において,このようなエネルギーをより多く得られるようにしていくことは確かに私たち大人の務めである。そして,そのためには,実はまだ長期にわたるかなりの研究が必要だ。研究には「ひと」と「時間」が必要不可欠である。子どもたちにもいまのうちに勉強して是非この研究に参加し,これらのエネルギーをより得やすくする発明を一緒にやって欲しいと思っている。

 リーンエネルギーへの道はすでに戦いが始まっているが, これから30年,50年の長い努力がどうしても必要である。サイエンス界のイチロー,北島康介を私たちは捜している。

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第93号平成23年1月1日