建帛社だより「土筆」

平成23年1月1日

保育の質を高めるマネジメント

愛知東邦大学教授 矢藤 誠慈郎この著者の書いた書籍

 育の質を組織的に高めるためには,リーダー(園長や主任など)が組織をマネジメントしなければならない。

 くの保育所や幼稚園は,企業などに比べて組織規模が小さく,リーダーの影響力がとても大きな組織であるといえるので,リーダーが自覚的・省察的にマネジメントを行っていく必要がある。以下,仮説レベルだが,リーダーに必要だと思われる資質について考えてみたい。

 ず,「何をマネジメントするのか」を考えてみよう。近年,ナレッジ・マネジメント(知識経営)というアイデアが重視されるようになってきている。知識基盤社会においては,人々の「知」が組織の向上において重要であり,それをマネジメントすることがリーダーの役割の一つとなっている。

 ころで保育者の「知」とはなんだろうか。ここでは,ディープスマートを保育者の知の在り方の典型例として考えたい。あえて訳すなら「奥の深い知恵」といったところか。ディープスマートとは「その人の直接の経験に立脚し,暗黙の知識に基づく洞察を生み出し,その人の信念と社会的影響により形作られる強力な専門知識」(レナードら『「経験知」を伝える技術』)である。後段の「社会的」は「人と人とのかかわりにおいて」という意味であろう。まさに保育者の知ではないか! であるならば,「外部にある正しい知識」を導入するだけでなく「内部に眠っている貴重かつ大量の生きて働く経験知」を効果的に流通させるほうが合理的である。

 れらを組織としての力に変えるには,組織をコミュニティ・オブ・プラクティス「共通の専門スキルや,ある事業へのコミットメント(熱意や献身)によって非公式に結びついた人々の集まり」(ウェンガーら『コミュニティ・オブ・プラクティス』)とすることが有益であろう。この概念は「実践共同体」「学び合う共同体」などと訳される。自然発生的な研究会などがその例の一つであり,メンバーの場所は問わない概念であるが,同じ園のメンバーのかかわり合い方をコミュニティ・オブ・プラクティスの性質に近づけていくことが,ナレッジ・マネジメントの一つの重要な側面である。

 まり,ナレッジ・マネジメントとは,情報を集約して利用可能にするといった技術的な問題ではなく,人と人とをつなぎ,よりよい価値を目指す同僚性の文化を育むことである。

 ーダーにはビジョンの創出とそれを表現する「発信力」が求められるし,それはリーダーの大切な資質の一つである。しかし,保育者や子どもや保護者の思いや知に思いを馳せ,耳を傾け,目を凝らす「受信力」を以て,自分がカリスマとして引っ張るというより,組織の人々にその力をしっかり発揮してもらうようファシリテーターの役割を果たすことこそが,保育組織のリーダーシップの基盤としてもっとも重要なことではないだろうか。

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第93号平成23年1月1日