建帛社だより「土筆」

平成23年1月1日

医療における栄養

お茶の水女子大学大学院教授 近藤 和雄この著者の書いた書籍

 『現在の医療において,栄養はどの程度の役割を果たしているのか』の問いに対する答えは難しい。栄養の側からみれば,医療のいたる所に栄養学が果たす役割がみえてくるが,医師側からみると医療のなかでの栄養の占める役割は小さい。栄養側からいくら術前・術後の栄養補給の重要性を説いても,医療のなかで通常行われている栄養補給以上の必要性が明らかにならないと,医師はなかなか栄養に目を向けてくれない。言い換えれば,栄養が医療のなかで考えられている以上の効果を示さない限り,医師が取り扱える範疇にある栄養が,医療の分野で日の目をみるのはなかなか難しいのではないかと思う。

 養は,薬剤と違って,即効性をもって効果を発揮するわけではない。ボクシングで言うボディブローのように徐々に効果を示すので,緊急性の高い医療現場では,役立たないと思われている。現在,栄養と疾病とは,糖尿病・脂質異常症・肥満に代表される生活習慣病,メタボリックシンドロームなどと結ばれていて,これらはある一定期間以上の過食によって発症する。このため過食により発症した疾患には,一定期間以上の食事療法が必要と考えられている。

 ころが,糖尿病の入院患者のなかには,入院して食事を変えただけで,入院後2~3日で血糖が改善する症例が多いことは病棟医にとって衆知の事実である。また入院せずとも,エネルギー摂取を2,200~2,300kcalに制限しただけで,一週間以内に見た目にもわかる体重減少を示すことがある。これらは,摂取された栄養成分が想像以上に早くから体内での代謝と直結していることを示している。 しかも,ブドウ糖負荷試験・脂肪負荷試験に代表されるように,ブドウ糖や脂肪などの栄養素によって私たちの身体は瞬時に反応する事実を,医師たちは知っている。

 れほど身近な所に栄養が関与する事例があるのに,なぜ医師側は栄養に関心が少ないのか。食事を与えることによって,これらの栄養素の効果は埋没し,新たな栄養学の知識が必要でなくなるからか。栄養療法によって著明な改善を示す疾病が少なく,限られているからであろうか。

 は言っても,栄養学を学ぶ立場からすると,医療における栄養の果たす役割は山のようにあるはずで,これまで栄養の果たす役割をきちんと明示してこなかったこと,明示していないことが原因の一つのようにも思える。地道に栄養の果たす役割を明示する作業を行うことが,特に医療を知る栄養側に求められていて,医師の知らない栄養学的加療法を明示することが必要なのではないだろうか。

 秋刊行した『医科栄養学』がその一助となることをおおいに期待している。

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第93号平成23年1月1日