建帛社だより「土筆」

平成26年1月1日

マニュアル社会の人間教育

ハーネス・ウィ研究所代表講師 星野 有史この著者の書いた書籍

 「お客様,申し訳ないのですが,犬はゲージに入れて外に置いていただけますか」とウェイトレスが指示した。「盲導犬は一緒に入ってよいことになっています」と伝えたが,「マニュアルで犬は入れないようになっていますので」と理由を言った。「身体障害者補助犬法」があり,入店できる制度について説明する。「そうなんですね。それならどうぞ」と事なきを得たが,これを単に知識不足というだけで済ませてよいのか。

 る登録に行ったときのことである。「身分を証明できるものはありますか? 自動車の運転免許証でよいのですが…」と,ピント外れなことを聞かれた。ただマニュアルどおりに言わされていただけのことであって,全く心を感じない。それどころか自尊心を傷つける対応ではないか。マニュアルは大切であり,組織内の統制や接客には欠かせない基本かも知れないが,その行き過ぎに,日本が人を説明書で管理しようとする体質がうかがえるのである。

 れは企業に限ったことではないだろう。医療・福祉の分野でも患者や障害者・高齢者に形式化したサービスを提供し,人格よりはむしろ管理を優先させるような対応になってはいないだろうか。専門職には制度を運用し,連携して利益を守る責任がある。そのためにはマニュアルも欠かせないが,マークシートで結果を得るようなかかわりではなく,個々のニーズに対応し,原理を応用できる能力が必要である。

 はベーチェット病で光を失った。「目が見えなくなる段階で,その病気や障害をどのように受容されてきましたか?」と質問されたことがある。よく教科書では病気や障害を受け入れるまでの過程が段階別に類型化されているが,私の場合,運命を誰に嘆いても仕方がない事実,自己否定もなかったことについて伝える。理論は基本だが,同時に個々の状況を理解し,ケースを読み取る能力やコミュニケーションを上手に図る人間力が課題であることを語った。

 前,レストランやホテルには盲導犬の使用者をどう断るかのマニュアルがあり,研修がなされていた。こうした中で盲導犬についての理解を促し,福祉を発展させるには,「アイメイト」と呼称し,人の目であることを伝える必要があった。今は入店可能な法律もできたが,その前提には“犬を身体の一部とする”という原理についての理解が基本になければならない。それは社会保障・福祉に関係する各種制度においても同様であり,個の尊重と人権の確保なしにノーマライゼーションの実現などあり得ないだろう。

 茶店でコーヒーを注文したときのことである。ウェイトレスは了承したのに立ち去らない。犬の入店は困るなどと言い出すのだろうか…。

 「あのー,盲導犬には何かお持ちしなくてよいでしょうか?」

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第99号平成26年1月1日

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