
平成26年9月1日
クラウド型医療システムによる災害時リスク管理
日本工学院専門学校教育・学生支援部課長 東京工科大学兼任講師 野田 雅司この著者の書いた書籍
 東日本大震災のような大規模災害の際,その地域で受療していた人びとへの継続した医療の提供は大きな課題である。カルテの消失や電子カルテのサーバーダウンなどのような状況では,患者にどのような薬を投薬していたかの情報確認さえ,難しい。
 東日本大震災では,石巻市立病院を津波が直撃し,サーバーなどを破壊したが,幸いなことに,そのひと月前(2011年2月)から災害対策として隣県の山形市立病院済生館と互いの電子カルテサーバーを病院内に持ち合い,毎日のデータを相互に保存するシステムを運用していたため,消失したデータをネットワーク経由で確認しながら診療できたことは記憶に新しい。
 震災から三年が経過し,各地で遠隔地の病院どうしが電子カルテのデータを相互に保存し共有するシステムの構築が始まっている。
 南海トラフ巨大地震による甚大な被害が想定される高知県では,県内の13病院が津波による浸水被害の可能性が低い県外のサーバーへのデータ保存を目的とした「県医療情報通信技術(ICT)連絡協議会」を設立した。協議会と協議会に参加する医療機関が実施する「災害時診療情報バックアップシステム構築事業」と「医療機関外部サーバー接続事業」に要する経費に対し,「平成25年度高知県診療情報保全基盤整備事業費補助金」が約4億6,000万円の範囲内で交付されている。
 愛知県は,厚生労働省の「平成24年度地域診療情報連携推進費補助金」を活用した「愛知メディカルBCPネットワーク」の運用を開始した。これは県内の6病院と富士通が共同で構築したシステムで,災害時に診療を継続するためのバックアップシステムである。6病院のいずれかの電子カルテが被災した場合でも,他の参加病院や避難所などからのデータを使い診療活動を継続することができる。
 総務省は,ICTを活用した東日本大震災からの復興支援事業として「東北地域医療情報連携基盤構築事業」に取り組んでいる。また,大規模な広域災害における情報ネットワークに「広域災害救急医療情報システム(EMIS)」がある。都道府県を越えて医療機関の稼動状況などの情報を共有できるシステムで,被災地での迅速かつ適切な医療・救護にかかわる各種情報を集約・提供することを目的としている。
 2005年度より9年間,文部科学省のプロジェクト事業で電子カルテ技術者教育の研究調査と開発実証を行ってきたが,東日本大震災後,医療機関における情報化への取り組みは大きく変化した。震災前は病院単体の電子カルテが多く,データを院内管理していたが,震災後は定期的なバックアップの必要性やデータの院外保存,クラウド型医療システムの導入などを検討する医療機関が急増した。
 調査会社のシード・プランニングによれば,医療クラウドに関する市場規模は,2010年には100億円にも満たなかったが,2015年に1,164億円,2020年には1,928億円にまで急速に拡大すると予測している。補助金の交付や自治体クラウドの導入と相まって,今後もさらにこの傾向は強まっていくものと予想される。
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