平成27年1月1日
高齢社会と言語聴覚士
志學館大学教授・言語聴覚士 飯干 紀代子この著者の書いた書籍
人間の祖先がいつの時代に音声での言語を獲得したかについては諸説あるが,ゲノム分析によるFOXP2遺伝子の発見により,おおよそ十万年前であるという説が有力視されている。社会を形成して他者と共存して生きる私たちにとってかけがえのないコミュニケーションは,十万年の時を経て蓄積され進化してきたことになる。
世界は,いまだかつてない高齢化に直面している。日本においては高齢化率(65歳以上の高齢者人口が総人口に占める割合)が,平成25年現在で25.0%となり,過去最高を更新した。この割合は今後も上昇を続け,約20年後の平成47年には33.4%となり,三人に一人が高齢者になると見込まれている。言うまでもなく,日本の高齢化率は世界最高である。
高齢化を推し進める主たる原因は,死亡率の改善である。つまり,死亡する者の割合が減った,言い換えると,日本は長生きできる可能性が最も高い国ということになる。それは,実は,誠におめでたい慶事であり,平均余命が50歳を切る諸国からしてみれば,幸せで夢のある環境である。世界に誇れる資産である。
ここで,私たち言語聴覚士が専門とする聴覚や言語の障害に目を転じると,平成25年現在,日本の聴覚・言語障害者は36万人と報告されている(厚生労働省)。しかし,この数値には,460万人と推計されている認知症者の多くは計上されていない。認知症者の約15%を占める前頭側頭型認知症には,進行性非流暢性失語,語義失語,logopenic型失語など言語症状が前面に出る認知症が存在する。また,認知症の中で最も多いアルツハイマー型においても症状の進行に伴って,喚語困難(言いたい言葉が出てこない),複雑な文の理解困難,漢字の書字障害などのコミュニケーション上の問題が生じる。さらに,日本公衆衛生協会の調査(2010年)では,医療・福祉施設に入所中の経口摂取可能な高齢患者の16~30%に嚥下障害がみられると報告されている。
高齢者の言語生活のあり方と生活意識や行動の関係を調査した横山(1992年)によると,言語的交流の多い者は,①生活意欲が高い,②疲労感や身体の痛みを感じることが少ない,③食欲があり,よく眠れる,④淋しさ,不安,イライラを感じることが少ない,⑤生活に対する満足度が高い,⑥生活の自立度が高い,という特徴があるとされる。このことは,コミュニケーションを支援することで,他者との交流が活性化し,ひいては,睡眠や生活自立,意欲や情動安定といった身体的・精神的な効用をもたらす可能性を示している。
私たち人間が十万年かけて進化させてきた,より人間らしく生きるために欠かせないコミュニケーション,そして,私たちの命のおおもととなる摂食機能,その双方に対する専門職である言語聴覚士が,高齢社会に果たす役割は大きい。
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