令和元年9月1日
高齢者の自動車利用と 買物弱者
中村学園大学教授 薬師寺 哲郎この著者の書いた書籍
このところ毎日のように,高齢ドライバーによる自動車事故が報じられている。私はここ10十年近く,いわゆる「買物弱者」の研究を行ってきたが,この研究も高齢者の自動車利用に深くかかわっている。買物弱者問題は,食料品店の減少と高齢化の進展により,食料品の買い物に不便,もしくは苦労する高齢者が増加したという問題である。この問題は,高齢者の食品摂取を制約する可能性があるため,健康寿命の延伸の観点からも関心がもたれている。
食料品の買い物に苦労するのはどのような人びとかを調べると,大きく3つの基準を設ければよいことがわかる。それは,①店舗まで500m以上,②自動車を利用できない,③65歳以上の高齢者である。このうち自動車の利用は買い物の苦労を大きく軽減する。もちろん,これらの基準だけで十分なわけではなく,地域によって状況は様々である。ある地域では子育て世代の若い母親も買い物に苦労していた。
そして,この3つの基準から,日本で買い物に苦労していると想定される人びとがどのくらいいるのかを試算した。店舗までの距離や高齢人口は,商業統計や国勢調査のメッシュデータにより把握できるが,問題は自動車の利用状況である。年齢階層別の運転免許保有率のデータはあるが,免許をもっていても自動車をもっているとは限らない。年齢階層別の自動車所有状況がわかればいいのだが,それを直接把握した統計はない。
そこで,総務省統計局の「全国消費実態調査」の個表を利用して推計した。個表から調査世帯における世帯員の年齢と自動車所有台数がわかるので,これから年齢階層別の自動車所有状況を推計した。その結果,全国で高齢者の自動車所有率が上昇していることが明らかとなった。特に65~74歳の自動車所有率が2005年の41.7%から2015年には57.4%にまで上昇していた。また,75歳以上の自動車所有率も同様に23.2%から30.5%に上昇していることがわかった。
これらのデータを用いて,2015年の買い物困難人口を試算すると,全国で825万人という結果になった。2005年の678万人から,10年間で21.7%増加したことになる。そして,この増加の多くは,都市部における増加であった。
意外に思われるかもしれないが,農村部では減少していた。その最大の要因は65~74歳における自動車利用の増加であった。地方圏の特に農村部の高齢者にとっては,自動車が生活の足となっていることが反映された結果となった。しかしながら,75歳以上になると,自動車利用の増加という困難人口の減少要因以上に人口増加の要因が大きく,これにより七十五歳以上の買い物困難人口は大幅に増加した。
自動車を買い物に利用できることは生活の利便性を高めるが,一方で交通事故の危険性も高まる。高齢者が自動車に依存せずとも快適な生活を送れる環境を整備することが,重要になっているのではないだろうか。
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