令和元年9月1日
腸内細菌と宿主の共生を 支える食物繊維
静岡大学教授 森田 達也この著者の書いた書籍
ヒトの消化管には500~1,000種類,40兆個以上の腸内細菌が棲息しており,大腸ではひとつの生態系を構築している。一方,ヒトの体を構成する細胞数は37兆~60兆個の範囲で推定されていることから,腸内細菌は単にビタミンを産生し宿主に供給するだけでなく,宿主の生理的恒常性の維持に本質的な役割を担っていると考えられている。
そもそも,大腸の基本的役割は糞塊を形成して排泄することであるが,この過程で腸内細菌は,小腸で消化・吸収されなかった食物繊維や宿主の腸管に由来するムチンを発酵基質として自らエネルギーを獲得すると同時に,発酵代謝産物として短鎖脂肪酸(酢酸・プロピオン酸・酪酸)を大腸内に放出している。さらに,短鎖脂肪酸は大腸上皮から吸収され宿主のエネルギーとなるのである。この供給量は,ヒト1日当たりのエネルギー摂取量の5%前後(100~170kcal/日)に相当すると推定されている。
近年の研究により,短鎖脂肪酸はエネルギー源としてのみならず,大腸の上皮細胞に発現する受容体と特異的に結合し,種々の消化管ホルモンの分泌を促進することがわかっている。これらの消化管ホルモンには,胃運動の抑制や摂食中枢を介した食欲抑制作用に加え,インクレチン効果(血糖値が高いときだけインスリンを分泌する効果)も知られている。現在,食物繊維を多く含む食事を摂取したときの耐糖能の改善や食事摂取量の抑制を,短鎖脂肪酸と消化管ホルモンの作用から検証する研究が盛んに行われている。
また,短鎖脂肪酸のひとつである酪酸は,ヒストン脱アセチル化酵素を阻害するという作用をもっている。細胞の核内でDNAはヒストンに強く巻き付いており,ヒストンのアセチル化はこれを緩め遺伝子の発現はオンに(ヒストンの脱アセチル化はオフに)切り替わりやすくなるのである。酪酸は,癌化した大腸細胞にアポトーシス(細胞死)を誘導することや,過剰なアレルギー反応を抑制する制御性T細胞を大腸組織において誘導することが知られているが,それらの機序には,酪酸によるヒストン脱アセチル化酵素の阻害が関与している。
このように,食物繊維の摂取は “Hungry Microbiota" にエサを与えることで腸内細菌と宿主の共生を支えている。しかし,高脂肪・低繊維食では腸内細菌の生態系に乱れが生じ,短鎖脂肪酸の供給量も低下するため,大腸上皮細胞は機能低下をきたしてしまう。その結果,リポ多糖(LPS:グラム陰性菌由来の毒素)の体内への透過が高まり,脂肪組織やその他の臓器において軽度な慢性炎症を惹起し,耐糖能低下や肥満の原因になると考えられている。本邦における食物繊維摂取量はすでに15g/日を下回っており,腸内細菌と宿主の共生が危ぶまれる状態になっているのではないだろうか。
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