令和3年1月1日
母語と第二言語の習得による言語発達遅滞児
宇高耳鼻咽喉科医院院長 宇高二良この著者の書いた書籍
長年耳鼻咽喉科の一般診療の傍ら,言語聴覚士とともに言語障害児のリハビリテーションに携わってきた。対象疾患としては言語発達遅滞が最も多く,4割程度を占めている。言語発達遅滞の背景には多くの場合,就学後に特別支援教育が必要な生得的な知的障害や発達障害が潜んでいる。このような中で,さらに従来みられなかったような言語発達遅滞児が散見されるようになってきた。
そのひとつとして,様々な理由で多言語環境にさらされたことが誘因と考えられる言語発達遅滞がある。最近このような5歳児を立て続けに経験した。いずれの子どもも母語(第一言語)習得の大切な時期に第二言語の学習を強いられたことが誘因で,母語の言語発達遅滞を来したと考えられた。
母語は家庭や社会環境の中で乳幼児期から自然に習得する言語で,一般的には母語の基本は就学から小学校低学年の5~7歳頃に完成すると考えられている。母語の働きは,属している社会でのコミュニケーション手段であるとともに,思考のための手段でもある。
1例目は,保育所で他の子どもと会話がちぐはぐなことを主訴に来院した。母親が日本人,父親が中国系カナダ人で,家庭生活においては,母親と子どもの会話は日本語であるが,子どもと父親および父親と母親は英語で会話を行っている。
2例目は帰国子女である。父親の転勤に伴い両親と生後1歳3か月で渡米し,5歳6か月で帰国した。両親には「子どもをバイリンガルに育てたい」との希望があり,帰国後も英語能力を維持させるために週2回英会話教室に通っていたが,入園した地元の幼稚園でことばの遅れを指摘されて受診となった。
3例目は「他の子どもとことばのやり取りがうまくできない」ことを主訴に来院した。父親は高校の英語教師であり,英語能力を獲得させる目的で,2歳頃よりテレビの英語番組を毎日1時間程度見せ,月替わりの英語の歌を暗記のうえ毎日繰り返し歌わせていた。さらに,習い事として英語教室にも週1回通っていた。英語はネイティブスピーカー成人と日常会話が可能なレベルであった。幼稚園入園後,集団生活の中で他の子どものことばが理解できず,会話が成立しないとして,児童相談所を経て言語評価を目的に紹介された。3例とも,動作性IQに比して言語性IQが著しく低かった。
2言語を習得している者をバイリンガルと呼ぶが,バイリンガルといっても2言語の習得レベルは様々である。今回の3例はいずれも両言語とも思考手段の言語として年齢相応に達していないダブルリミテッドバイリンガル(従来のセミリンガル)の状態と考えられた。3例とも日本語で思考する習慣の形成を目標に,言語訓練の提案と英語学習の中断を指導した。しかし,2例目,3例目は両親の英語信奉が強く,習い事が忙しいことを理由に途中で来院しなくなり,本児の就学後の学習や対人関係を懸念している。
現在,小学校への英語教育の導入が図られているが,母語と第二言語学習の時期やその方法については,今後も慎重な検討が必要であろう。
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