令和3年1月1日
子どもの権利と民主主義
京都華頂大学准教授 山川宏和この著者の書いた書籍
昨年11月,アメリカ合衆国(以下アメリカ)大統領選挙が行われ,新たにバイデン大統領が今月就任する予定である。しかし,政権が変わってもアメリカが今後,児童の権利に関する条約(以下,条約)を批准する可能性は低い。
1995年,クリントン大統領(当時)は,議会から子どもの権利条約と神から与えられた子どもたちを育てる親の権利は矛盾するという意見書を受け取った。
2008年,オバマ候補(当時)は,大統領選挙の討論で,条約の批准に向けて努力するか問われ,「無法地帯であるソマリアと同じというのは恥ずかしい。この条約や他の条約を見直して,アメリカが人権におけるリーダーシップを取り戻せるようにする」と意欲を示した。しかし,大統領在任中にその公約を果たすことはできず,「無法地帯」ソマリアは,2015年に条約を批准した。
事程左様に,アメリカ社会には,条約を批准すると「親が子どもをこれまでのようにしつけられなくなる」という根強い反発がある。しかし,条約の核心である子どもの最善の利益の尊重は,長年にわたりアメリカ社会が尊重してきたもので,アメリカの子ども家庭福祉制度と矛盾しない。
例えば,条約第20条は,親と暮らせない子どもへの代替的なケアについて,里親委託と養子縁組を推奨し,それができないときにのみ施設入所を考慮するように求めているが,アメリカの里親委託率は75%(2015年)と非常に高い。
里親委託については,欧米諸国には向いているが,仏教や血縁を重視する日本には向かないということをよく耳にする。しかし,もし宗教や文化の違いであるならば,里親委託率(児童養護施設,乳児院,里親等委託児合計に占める里親委託児の割合)全国1位の新潟市(55.9%)と最下位の熊本市(10.8%)の差や,隣接する宮城県(40.2% 4位)と秋田県(12.2% 67位)の差が説明できない。
元新潟県児童相談所長はその理由を「昔から児童相談所の職員には,子どもには施設ではなく里親だよねという暗黙の了解があったから」と答えた。つまり,家庭生活を失った子どもには家庭と同様の生活を提供する,というごく当たり前の感覚を備えたソーシャルワーク集団のあるところは,里親委託率が高いのである。
英国には,地方議員や地方自治体組織は,地域の子どもたちの実親のように幸せを考えるべきだという「社会的共同親」という考え方があり,養護児童の自立支援も「自分の子どもだとして十分なものだといえるか」を原則としている。
翻ってわが国はどうか。2016年の児童福祉法改正によって,史上初めて里親委託を施設入所に優先させる決定を行った。その成否は,首長や市議会議員,子どもにかかわる行政職員が皆「社会的共同親」であるという感覚をもてるかにかかっている。社会福祉は,自由に民主主義を追加した20世紀社会の所産である。子ども家庭福祉は,民主主義の成熟度の投影であることを忘れてはならない。
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