令和3年1月1日
複合調理による機能性成分の消長
東京農業大学教授 鈴野弘子この著者の書いた書籍
「機能性成分」という言葉を耳にするようになって久しい。1960年代,日本は高度経済成長期となり,食物や食品は,生命の維持のためだけでなく,おいしさが追求されるようになった。その結果,飽食の時代を迎え,食事の摂り過ぎと運動不足による生活習慣病の発症が問題となった。そして,高齢社会の到来と食品研究の進歩により,生活習慣病を予防する食品成分が注目されることとなった。食品成分は,栄養面でのはたらきを一次機能,嗜好面でのはたらきを二次機能,生活習慣病等の疾病の予防面でのはたらきを三次機能という。これら3つの食品機能の概念は,食品と人とのかかわりの歴史と一致するといわれている。そこで,これからの食品と人のかかわりを考えてみると,自ずと調理がクローズアップされた。
例えば,野菜にはポリフェノールが多く含まれている。ポリフェノールとは,同一分子内に2個以上のフェノール水酸基をもつ化合物の総称であり,フラボノイド類,アントシアニン類,フェノールカルボン酸類,フェノールアミン類,タンニン酸類に分類される。近年,ポリフェノールは人体において,様々な代謝の影響因子であることが明らかになり,そのメカニズムも追究されている。
一方,人は食物を摂取する際,洗浄・切裁などの非加熱調理や,煮る・焼く・ゆでる・蒸すなどの加熱調理を施す。ポリフェノールには水溶性のものや熱に不安定なものが存在し,調理によって損失することが報告されている。人に対するポリフェノールの機能性効果を期待するならば,食品の調理後のポリフェノールの残存量を把握する必要があることはいうまでもない。
人は,おいしいものへの欲求と利便性を求めて調理技術を発達させており,現代では単一な調理操作で食物を調製することは少ない。したがって,複雑多岐な操作を経た後の成分量の把握が必要となってくる。一部の食品については,調理後の食品成分値が日本食品標準成分表に収載されているが,実際の調理操作を省略している場合もある。近年,筆者の研究室では,実際の調理操作を想定して,調理操作の違いによる野菜のポリフェノールやミネラルの残存量の分析に取り組んでいる。
ごぼうの場合,ポリフェノールの残存率を高く維持するためには,表面積を小さく切り,ゆで水に酢水を用いることが有効であった。ナトリウム,カリウムは,ごぼうの切断面を大きくしてゆでると残存率が低下した。カルシウムの残存率は,調理操作による影響はほとんど受けず,マグネシウムの損失を防ぐには切断面を小さくして,酢水の使用を避けることが望ましいと示唆された。現在,同様にほかの野菜の実験を進めている。
このように食品ごとに機能性成分等について,複合調理操作,調味料が与える影響を明らかにすると,食事からの摂取量が推測でき,さらには食事療法に活用することも可能になるであろう。実に地味で地道な研究ではあるが,粘り強く向き合いたいと思っている。
目 次
第113号令和3年1月1日
発行一覧
- 第121号令和7年1月1日
- 第120号令和6年9月1日
- 第119号令和6年1月1日
- 第118号令和5年9月1日
- 第117号令和5年1月1日
- 第116号令和4年9月1日
- 第115号令和4年1月1日
- 第114号令和3年9月1日
さらに過去の号を見る
- 第113号令和3年1月1日
- 第112号令和2年9月1日
- 第111号令和2年1月1日
- 第110号令和元年9月1日
- 第109号平成31年1月1日
- 第108号平成30年9月1日
- 第107号平成30年1月1日
- 第106号平成29年9月1日
- 第105号平成29年1月1日
- 第104号平成28年9月1日
- 第103号平成28年1月1日
- 第102号平成27年9月1日
- 第101号平成27年1月1日
- 第100号平成26年9月1日
- 第99号平成26年1月1日
- 第98号平成25年9月1日
- 第97号平成25年1月1日
- 第96号平成24年9月1日
- 第95号平成24年1月1日
- 第94号平成23年9月1日
- 第93号平成23年1月1日
- 第92号平成22年9月1日
- 第91号平成22年1月1日
- 第91号平成21年9月1日
- 第90号平成21年1月1日
- 第89号平成20年9月1日
- 第88号平成20年1月1日