平成25年9月1日
「炊飯の科学」で迫るおいしいごはんの要領
静岡県立大学名誉教授 貝沼 やす子この著者の書いた書籍
日本を含めたアジア圏の多くの国では米が主要な穀物として定着しており,様々な形で調理されてきている。日本では粘りや弾力のあるごはんに仕上がるジャポニカ米を炊き干し法によって炊飯してきた。炊き干し法とは,炊き上げたときに,加えた水はすべて米に吸収されていることが必須の条件であり,限られた水の中で米粒中のデンプンを糊化させなければならないという,かなり高度な加熱操作が求められる調理法である。炊き干し法を採用した時点からおいしいごはんを炊くための苦労が始まったと言えよう。
熱源が薪の時代は,火力の調整は経験に頼らざるをえず,常に気配りが求められたが,自動炊飯器の登場でこれらの苦労からは一気に解放された。昭和三十年代に初めて発売された電気炊飯器は,米と水を入れる内釜とカップ一杯程度の水を入れて加熱する外釜の二重構造になっており,外釜の水が蒸発し終えて釜底の温度が急激に上昇した時点でサーモスタットが働き,自動的にスイッチが切れる仕組みになっていた。外釜の水が沸騰することで内釜内部も沸騰状態となり,デンプンは糊化される。糊化に必要な沸騰継続時間は外釜に入れる水の量で調整する仕組みであった。加熱の仕組みは変わってきたが,基本的な理論は現在の炊飯器にも踏襲されている。
炊飯についての研究は,第二次世界大戦前から始まっており,ごはん炊きには意外と早くから科学の目が注がれていた。集積されていた炊飯の理論があったからこそ自動化が可能であった。とはいえ,勘に頼っていたはずのかまど炊きのごはんに匹敵する炊き上がりには程遠かったようで,その後も様々な改良や工夫が積み重ねられてきている。炊飯がデンプンの糊化のみにとどまらず,適度な硬さや粘りを伴ったテクスチャーに炊き上げることを最終目標にしていることが,その調理操作を非常に難しくしているのである。デンプンの科学に加えて,炊飯の科学が必要となるゆえんである。
筆者も,おいしいごはんを炊くことを目標に炊飯の各工程についての詳細な検討を行ってきており,おおよそ20年間は地道に炊飯に関する基礎的事項の科学的根拠を明らかにすることに終始してきた。洗米から始まって加水,浸漬,加熱,蒸らしと続くすべての工程に最適とされる条件があることを,様々な条件下で比較検討することによって明らかにできた。その経緯と成果についてはこの度発行された『お米とごはんの科学』に詳述しているので,ご一読いただければ幸いである。
自動炊飯器が登場してから60年近くになるが,最近では夢物語かと思われていた様々な機能を搭載した炊飯器が登場しており,おいしいごはんに対する日本人の期待の大きさが実感できる。ごはんに関心をもつことは,日本の農業や食文化について再認識するよいきっかけにもなる。米が主食としての役割をしっかり果たしていくためにも,おいしいごはんへの挑戦が続くことを期待したい。
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