平成28年1月1日
「眠らない社会」での睡眠の重要性
大妻女子大学教授 健康センター所長 明渡 陽子この著者の書いた書籍
健康増進のための三原則である食事,運動,休養の重要性については,多くの人が周知しているところである。特に食事と運動の必要性については,その不摂生によるさまざまな疾患に言及した医学書や指導書が多いこともあり,行政や民間ともに啓蒙活動も活発である。しかし,休養の中核である睡眠に関しては今ひとつ関心が薄く,睡眠障害に至る前状態の睡眠不足でみられるさまざまな症状を軽くみがちである。
経済活動のグローバル化や就労形態の変化で24時間活動する「眠らない社会」が誕生し,勤労者の21.4%が睡眠障害(入眠障害・中途覚醒・早期覚醒など)をもつとされる。それらの放置は,日中の眠気による作業効率の低下,欠勤,遅刻,交通事故の割合の増加につながり,慢性になればうつ病や心疾患,糖尿病などの生活習慣病のリスクとなることが明らかになってきた。さらに睡眠問題は社会人のみにとどまらず,児童にも多大な影響をもたらすことも徐々に判明してきている。昨年,文部科学省は,小中学校の不登校児12万人のうちの34%に睡眠時間の絶対的な不足,遅い就寝時間などの睡眠に関連する生活リズムの乱れが認められ,児童の6割が午前中に眠気を感じ学習能力や運動能力に悪影響が出ていると報告したのである。
そこで私たちは,大学生の睡眠の現状を探るために本学の食物学科女子学生50名を対象として睡眠調査を行った。不登校や遅刻の常態化に至るような概日リズム睡眠障害の学生はいなかったが,睡眠時間は同年齢の女子よりも約1.5時間短く,睡眠に何らかの問題のある学生は68.6%を占めた。内訳は,目覚め悪さ54.9%,入眠困難21.5%,中途覚醒21.5%,熟睡感不足11.8%の順であり,2つ以上睡眠の問題をもつ学生は29.4%だった。
そして学生の睡眠満足度は,睡眠時間,睡眠の質,およびストレスという独立した3つの因子によりその6割が説明することができた。睡眠時間はアミノ酸の一種で肉・魚介・牛乳に含まれるトリプトファンの摂取頻度と,睡眠の質(熟睡感)は身体活動量と正の相関を示した。また睡眠満足度は目覚めの悪さおよび睡眠障害の重複度と相関し,睡眠問題があると生理不順や頭痛頻度を増加させるとの結果であった。
これを受け本学学生への睡眠対策としては,睡眠問題の放置は多くの疾患を誘発するとの啓蒙活動,生活の時間管理を徹底し睡眠時間を確保すること,トリプトファン含有食品の摂取頻度,身体活動量,ストレスなどの同調因子の調整などが考えられ,今後はこれら因子へ介入しその効果を確認していきたいと考えている。
日本学術会議は,睡眠障害による経済損失は年間約1.5~2兆円と試算している。睡眠障害のもたらす影響は,個人的健康被害にとどまらず,社会全体に不健全さや不利益をもたらしているといえる。健康で充実した生涯を送るため,大学生時代に「良き睡眠習慣」への修正のコツを習得させ,24時間「眠らない社会」へと船出させたいと切に願っている。
目 次
第103号平成28年1月1日
発行一覧
- 第121号令和7年1月1日
- 第120号令和6年9月1日
- 第119号令和6年1月1日
- 第118号令和5年9月1日
- 第117号令和5年1月1日
- 第116号令和4年9月1日
- 第115号令和4年1月1日
- 第114号令和3年9月1日
さらに過去の号を見る
- 第113号令和3年1月1日
- 第112号令和2年9月1日
- 第111号令和2年1月1日
- 第110号令和元年9月1日
- 第109号平成31年1月1日
- 第108号平成30年9月1日
- 第107号平成30年1月1日
- 第106号平成29年9月1日
- 第105号平成29年1月1日
- 第104号平成28年9月1日
- 第103号平成28年1月1日
- 第102号平成27年9月1日
- 第101号平成27年1月1日
- 第100号平成26年9月1日
- 第99号平成26年1月1日
- 第98号平成25年9月1日
- 第97号平成25年1月1日
- 第96号平成24年9月1日
- 第95号平成24年1月1日
- 第94号平成23年9月1日
- 第93号平成23年1月1日
- 第92号平成22年9月1日
- 第91号平成22年1月1日
- 第91号平成21年9月1日
- 第90号平成21年1月1日
- 第89号平成20年9月1日
- 第88号平成20年1月1日