平成28年9月1日
保育ソーシャルワークの実現性
宮城学院女子大学教授 熊坂 聡この著者の書いた書籍
保育士・教員養成を行う学科でささやかに社会福祉士養成を担当する者として,保育所とソーシャルワークについて考えさせられる。
社会福祉士の資格を取得して保育所の保育士になったばかりの卒業生が研究室を訪ねてきて,「保育所でソーシャルワークはできません」と言い放った。数年後,その卒業生が再び訪ねてきて「ソーシャルワークが必要です」と振り返った。
実習巡回すると,保育所に問題を抱えた家族がいることをよく耳にする。今年6月に,実習巡回で伺った保育所でソーシャルワークの必要性を話すと,担当の保育士が「それを学ばなければならないと思っている」と身を乗り出してきた。保育所にソーシャルワークの機能発揮が求められる社会状況なのだと思う。
これらの状況に対して,国は保育士養成カリキュラムの改正を重ねている。「社会福祉」「家庭支援論」「相談援助」「保育相談支援」「保育者論」といった科目が整えられていく中で,保育と相談援助技術の統合を図り,高い専門性を習得していくことが保育士に期待されていると読み取ることができる。特に「相談援助」の内容として「保育とソーシャルワーク」という項目があり,ソーシャルワークを基盤とした相談援助の必要性が強調されている。
平成28年3月に社会保障審議会児童部会から出された「新たな子ども家庭福祉のあり方に関する専門委員会報告(提言)」の中で,その見直しの要点として,「家庭への支援を必要とする子どもが増加していることから,保育所におけるソーシャルワーク機能の強化や地域との連携が必要となっている」と述べられている。保育所におけるソーシャルワーク機能の必要性が一段と強調されたのである。
しかし,その実現可能性はどうなのであろう。子どものケアに追われる保育士の現状から,ソーシャルワークを基盤とした相談援助の実現には疑問をもたざるを得ない。現状は,若い保育士たちにその役割をつきつけているだけで,具体的な実践のあり方の確立,そのための環境整備は,あまりなされていないように思う。しかも,保育士不足,多様な問題を抱える家族の増大,保育士の在職年数の短さによる熟練保育士の不足など,保育所の置かれている現状は厳しい。
保育におけるソーシャルワークのあり方を真正面から取り上げた著書も出ている。しかし,それらの著書において保育ソーシャルワークの理論化を試みてはいるものの,保育所でどのようにその機能を発揮すればよいのかは,十分に論述されていないように思う。
保育ソーシャルワークの実現性を担保するには,単に保育士の役割を明確化するだけでなく,家族の状況と相談を総括させる担当部署のような形をつくる必要があるのではないか。つまり,保育ソーシャルワークを起動させるには,保育所システムの中にそのための仕組みをつくっていく必要があると思うのである。
目 次
第104号平成28年9月1日
発行一覧
- 第121号令和7年1月1日
- 第120号令和6年9月1日
- 第119号令和6年1月1日
- 第118号令和5年9月1日
- 第117号令和5年1月1日
- 第116号令和4年9月1日
- 第115号令和4年1月1日
- 第114号令和3年9月1日
さらに過去の号を見る
- 第113号令和3年1月1日
- 第112号令和2年9月1日
- 第111号令和2年1月1日
- 第110号令和元年9月1日
- 第109号平成31年1月1日
- 第108号平成30年9月1日
- 第107号平成30年1月1日
- 第106号平成29年9月1日
- 第105号平成29年1月1日
- 第104号平成28年9月1日
- 第103号平成28年1月1日
- 第102号平成27年9月1日
- 第101号平成27年1月1日
- 第100号平成26年9月1日
- 第99号平成26年1月1日
- 第98号平成25年9月1日
- 第97号平成25年1月1日
- 第96号平成24年9月1日
- 第95号平成24年1月1日
- 第94号平成23年9月1日
- 第93号平成23年1月1日
- 第92号平成22年9月1日
- 第91号平成22年1月1日
- 第91号平成21年9月1日
- 第90号平成21年1月1日
- 第89号平成20年9月1日
- 第88号平成20年1月1日