平成28年9月1日
地域における言語聴覚士の役割
目白大学教授 立石 雅子この著者の書いた書籍
日本社会では「超」高齢化が進行している。厚生労働省の資料によれば,合計特殊出生率は1.5を割り込んで以降横ばいであり,出生数が減少しているため,2010年に約1億2,806万人だった総人口は,すでに減少に転じており,2060年には8,674万人と推計されている。また2010年には総人口の63.8%を占めていた生産年齢人口(15歳以上65歳未満の人口層)の割合も減少しており,2060年には50.9%にまで減少すると想定されている。
一方で,2010年には23%であった高齢化率(65歳以上の高齢者が全人口に占める割合)は,2060年には39.9%に達する,すなわち2.5人に1人は65歳以上,という状況になることが見込まれている。これらの推計値から見えてくるのは,高齢者を少ない人数で支える社会が確実に訪れるということである。
また健康な高齢者ばかりではなく,日常生活自立度Ⅱ以上の認知症高齢者数も2020年には410万人(65歳以上の人口のおよそ11.3%)に上るとされる。
高齢者も障害のある人も可能な限り住み慣れた地域で,自分らしい暮らしを続けられるような,地域の包括的な支援・サービス提供体制,地域包括ケアシステム導入の背景には,前述のような日本の社会情勢がある。このシステムでは,医療と介護,そして生活支援,介護予防の間での緊密な連携と,また健康な高齢者が支える側に回って活躍することが求められている。
さて,リハビリテーションを担う職種の1つである言語聴覚士が,地域においてできることについて考えてみる。1つは失語症などの要介護支援者への支援である。在宅の失語症者からは「障害に対する周囲の理解が進んでいないため,失語症者はデイサービスなどに居場所を求めにくい」「長期にわたる改善が期待できる場合や機能維持のための言語聴覚療法が十分に受けられない」「コミュニケーションの機会が乏しく社会的引きこもりに陥っている」などの声が寄せられている。言語聴覚療法の提供だけでなく,支援者の育成や啓発活動も必要である。
2つ目は高齢になるほど男女ともに増加する難聴への対応である。後期高齢者の70%近くが発症しており,これらの方々への聞こえの確保は,主として言語聴覚士が対応すべき領域である。
3つ目は認知症への対応である。軽度認知障害(MCI)の段階で適切な評価を行い,コミュニケーション支援や認知機能への刺激を継続すると,症状が改善し,進行を遅らせることができたとの報告がある。
4つ目は摂食・嚥下障害への対応である。口腔・嚥下機能の改善は,口から食べる楽しみの支援を充実させる。それによって栄養障害の改善や肺炎の予防,さらには高齢者の健康寿命を延ばす効果も期待できる。
現在,言語聴覚士の約70%は医療の現場におり,介護保険の領域にはまだ約9%という現状である。地域における言語聴覚士の役割を適切に果たすためには,なによりもまず,介護の領域にさらに言語聴覚士を増やしていくことが求められている。
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