平成30年1月1日
遊びを中心とした保育の実現に向けて
東京都市大学教授 内藤 知美この著者の書いた書籍
平成29年に幼稚園教育要領,保育所保育指針,幼保連携型認定こども園教育・保育要領が告示され,特に三歳以上の子どもについては,どの教育・保育機関でも,どの地域の子どもであっても,同様に質の高い保育を受ける権利があることが示された。新要領・指針では,子どもが十分に自己を発揮し,必要な体験を獲得していくという発達のプロセスを踏まえて,子どもの自発的な活動である遊びが重視されている。
OECDの Starting Strong(人生の始まりこそ力強く)Ⅰ~Ⅳやジェームズ・J・ヘックマンらの経済的効果の実証や脳科学研究の進展によって,幼児期の教育・保育への注目が集まると共に,意欲・集中力・忍耐力・コミュニケーション能力等の非認知能力が重要であり,非認知能力を高めるうえで遊びが有効であるとされた。加えて子どもの権利条約の第31条には「遊ぶ権利」が明示されており,世界的な保育の動向として,子どもの発達に遊びは不可欠であるという言説を支持している。
ところで,平成29年9月に開催された全国保育士養成セミナーでは,遊びを中心とした保育を主テーマに掲げ,分科会では「子どもの豊かな遊びを支える保育者の養成」について活発な議論が行われた。議論の中では,子どもにとって遊びは主体的かつ創造的な活動であること,遊びを通して子どもは仲間との協力や葛藤を経験し,人間関係を深め個として成長すること,遊びには深い学びがあることなど,保育における遊びの重要性が語られた。
一方で,遊びの環境が整っていない状況,保育者や養成校の学生自身の遊びの体験不足が,遊びの保育を困難にしていること,また遊びの意義を保護者に伝えることの難しさが語られた。
この現状を前に遊びを支える保育者を養成するには,「学生時代に豊かな遊びを経験し,遊びを面白いと感じる機会をつくる」「学生を評価するのではなく,学生を尊敬し自信をもてるように長い目で育てる」「安心や共感,待つことが遊びを豊かにすることを体験する機会をつくる」「子どもを尊敬できる保育者を育てる」などの意見が出された。
子どもは緊張や不安の中では十分に遊べない。ましてや戦争や飢餓などの危機的状況にあっては,遊ぶ機会さえ制限される。子どもの遊びを保障するということは,子どもが安心と共感の下で,生活できる環境を整えることである。
しかしそれだけにとどまらない。子どもと生活を共にする大人もまた,緊張や不安から解放され,子どもの遊ぶ姿に共感できる自己を取り戻すことであり,さらに地域や社会は,子どもが試行錯誤しつつ遊ぶ姿を見守ることができるように,緩やかなつながりをもつことである。
遊びを中心とした保育の実現は,子どもの権利の保障であり,同時に大人の主体性の回復や創造的な社会の復権とも深く結びついている。「子どもは遊ぶ,保育者(大人)も遊ぶ」。この循環を生み出すことが,新しい時代に求められる保育の使命なのだと思う。
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