ま え が き
食事は健康を維持するために重要な因子の一つである。健康維持のためには栄養素のバランスが整った食事を摂るべきであり,このことは多くの観察研究によって裏付けられている。あたりまえとされる「バランスのよい食事」が,なぜ健康に重要であるかを真に理解するには,個々の栄養素や非栄養素がどのように代謝され,どのように生体に影響しているかを知らなければならない。摂取した食品成分が,消化・吸収,代謝,蓄積もしくは排泄されることにより生命を維持する現象を栄養と呼ぶ。近年,分子生物学的視点すなわち遺伝子発現レベルや様々な分子のクロストークにより,栄養の制御メカニズムの理解が進みつつある。
本書は 2003 年に発行された『分子栄養学』(榊原隆三編,建帛社)のよい内容を踏襲しつつ最新の情報に刷新することを目的として編纂した。榊原隆三先生は「分子栄養学の領域に属す学問は比較的新しく進歩は急速である。内容は今後ますます複雑になると思われる」と述べられている。20 年が過ぎた今,その通りになっていると感じる。この二十数年の間,技術の進歩に支えられ,多くの生命現象が分子レベルで明らかにされた。栄養にかかわる知見も多くあるが,現在であってもその理解がどれほど進んでいるのか推測することは難しい。しかし,常に新たな知見が加わることで,発展している分子栄養学に興味をもつきっかけになればと願う。
本書では,その書名「ゼロからわかる」からイメージできる通り分子栄養学をこれから学ぶ学生にもわかりやすいように,第 1 章と第 2 章に分子生物学と栄養学の基礎的内容をまとめた。限られたページ内でわかりやすい内容になるよう努めたが,さらに詳しく学びたい場合は,専門書を参考により理解を深めてほしい。また,新たな試みとして第 2 章の 1 節に「時間栄養学」を加えた。第 3 章は循環器疾患,糖尿病など日本人が注意すべき各疾患別の栄養を分子生物学視点でまとめた。第 4 章には近年注目されている内容として,「スポーツ栄養学」を取り入れている。第 5章には最新手法を一部紹介した。管理栄養士・栄養士をめざす学生だけではなく,栄養に興味をもつ医学,歯学,薬学,農学の学生諸氏にも利用していただければ幸いである。また,病院勤務の管理栄養士・栄養士の皆さんが分子栄養学による疾患の最新知見を学ぶきっかけになることがあれば幸いである。
本書の執筆においては,各分野に造詣が深い先生にご参画いただいた。わかりやすく,最新の内容を盛り込んでほしいという無理なお願いにもかかわらず,ご快諾くださった著者の皆様に御礼申し上げたい。最後に,本書の機会をくださった,建帛社 筑紫和男氏ならびに編集の際して丁寧な確認と提案をしていただいた齋藤明子氏,前書発刊に尽力された榊原隆三先生,故 岡達三先生に厚く御礼申し上げます。
2024 年 8 月
編著者 叶 内 宏 明
山 内 明
竹 中 重 雄