平成26年1月1日
家庭科共修二十年 生活力を学校教育で学ぶことの意味を改めて問う
日本家庭科教育学会会長 東京学芸大学副学長 大竹 美登利 この著者の書いた書籍
1985年,国連の「女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約」を日本が批准したことをきっかけに,女子のみ必修であった高校家庭科は,1994年に男女ともに必修の教科として出発し,すでに二十年が経過した。「男子厨房に入らず」という言葉は死語になりつつあり,「家事男子」や「育メン」がもてはやされる時代となった。今や若い男性はごく自然に家事・育児へ参加しており,男女が共に生活にかかわる姿はあたりまえになりつつある。
こうした状況を牽引してきたのは,高校家庭科を履修した男女共修世代の現在35歳以下の男性であると言われている。しかしその年の前後で男性の考えが全く異なるわけではない。こうした世論を牽引したのは,男性も家庭科を学ぶことが違和感なく世間に認められ,夫も妻と共に家事・育児を担うことがあたりまえであるという価値観が生まれた結果であると言えよう。
男女必修に移行する過程では,家事・育児の技能は家のしつけの中で身につけることであって,学校で教える必要はないという反対意見もあった。一方,現代社会では男性も単身赴任などによって一人暮らしとなる可能性も高いため,家事技能の修得は不可欠,家庭科を学ぶ必要があるという主張もあった。これらの議論は家庭科でどんな力を身につけるかという議論と深くかかわっている。
家庭科の教育目標は,生活の課題の解決を図りながら,自立的・自律的に生きていく力を育むことにある。そのためには,生活を科学的・総合的にとらえ,新たな生活スタイルをつくりあげていく実践力が重要になってくる。
例えば,食生活では,健康な身体をつくるために必要な栄養素を把握し,それらを含む食品を選択して献立を考え,食品の安全性等の品質を見極め,購入し,調理し,食べる。そのためには,食品の栄養的特徴や調理的性質といった科学的な知識が必要になる。また,安全な食品を選択するためには,腐敗,農薬や食品添加物,遺伝子組換え,あるいは放射能汚染など,様々な観点を考慮する必要がある。
さらには,地域の食文化や,食べる人の年齢や健康状況,好み,予算,環境等の視点を踏まえて献立を立てて食品を選択する能力が求められる。また調理科学や調理技術を駆使した実践力,誰がつくるかなどの人間関係調整力や,その人の調理技術・時間などをトータルに考えたコーディネート力が求められる。すなわち,自然科学や社会科学,人文科学を癒合した,総合的な見方や判断が必要なのである。
なお,安全・安心で安定的な生活を営むためには,人間関係のあり方も重要である。自分で調理し食べることのできない赤ん坊や高齢者,病人の場合には,家族やそれに代わる人に世話をされることによって生活の安全・安心・安定が保たれる。不幸にして家族から世話をされずに(放棄という虐待を受けて)餓死する乳幼児や,高齢者の孤独死などの事件は後を絶たないが,家族が相互に助け合う関係がない場合,特に子どもや高齢者へ一方的に奉仕するだけのゆとりがなく,破綻しやすい家族関係においては,それを支援する地域の仕組みがあることで危機的状況を回避できる可能性もある。生活の課題をとらえ,解決する道を探るとき,こうした家族・家庭を中心とした生活相互扶助の関係性を見逃してはならない。
生活を科学的にとらえ,それらの知識を駆使しながら判断しコーディネートしていく力は,家庭でしつけとして身につけられる範囲をもはや超え,また男性の一人暮らしにのみ必要とされる家事技術を超えている。そのため,生活を営む力は,学校教育の中で知識体系として整理され系統的に学ばなければ身につかない。これが男女ともに家庭科を学校教育で学ぶ必然性である。現代社会の複雑化する生活にあっては,家庭科の学びの充実が一層求められると言えよう。
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