平成26年1月1日
子どもの心の診療が直面している現状と課題
浜松市子どものこころの診療所所長 山崎 知克この著者の書いた書籍
私は医学部の学生時代から精神障害の予防の必要性について考えていた。大学の臨床実習にて奥山眞紀子氏(現国立成育医療研究センターこころの診療部部長)から小児精神医学の講義を受けて感銘し,私の師匠である帆足英一氏(現世田谷子どものこころクリニック)から「子どもの心を勉強するためには医療だけでなく,保育や福祉も重要」とのご教示をいただくなど,様々な出会いの中で私は小児科診療を選んだ。
11年間の小児科診療の中で,様々な臨床に直面した。先天性の循環器疾患や急性の感染症により死に至る子どもの診療を通じて,多くの悩みや行き場のない思いを保護者から教えてもらった。また,慢性に経過する血液疾患や免疫疾患などの診療では,いつも生活に制限が加わっていて治療の終結を見いだせない親子の苦悩を一緒に経験させていただいた。
平成12年に赴任した都立母子保健院(現在は廃院)は小児科・新生児科・産婦人科・乳児院からなる母性小児領域の専門病院であり,私は乳児院の担当医となった。ちょうど「児童虐待の防止等に関する法律」の施行元年であり,その当時ほとんど経験したことのない急性硬膜下血腫や脳挫傷,上腕骨や大腿骨の骨折,たばこを押しつけられた火傷跡などの乳幼児が委託一時保護によって次々と乳児院に入所してくる事態に遭遇した。
子ども虐待に至ってしまうほどの「親子の関係性障害」の原因は何なのかを探るために保護者と話していると,そんなこちらの気持ちとは裏腹に保護者は自分自身の悩みや不安,昔とても辛かったことなどを語り始め,来る日も来る日もそうした面談が続いた。ある日,そうした辛い気持ちを自分の母親に相談したことがあるかと尋ねると,話したことはないとか,話したが聞いてはもらえなかったと語っていたことが印象的であった。子どもを加害する保護者治療をしなければ子ども虐待の治療ができないことを痛感し,私は精神科一般臨床を経て児童精神科診療に従事し,現在に至っている。
ボウルビィはアタッチメント(愛着)理論の中で,親子のアタッチメントパターンには安定型と不安定型があること,不安定型アタッチメントは母親の感受性の低さや要求に応じてもらえない状況に対する子どもの適応戦略の結果であると述べているが,これが後の人生における彼らの不適応の原因となっていることが非常に多い。私の勤務する市営クリニックでは子どもの発達障害と情緒障害を診療対象としているが,親子が不安定型アタッチメントから関係性障害に至り,保護者カルテを作成して親子同時治療を必要とするケースが子ども受診数の約二割に及んでいる。
日本では医学教育において子どものメンタルヘルスを扱う児童精神医学講座が未整備のため,子どもの心の診療医は全国で500名程しかおらず,社会的ニーズに十分対応できていない。将来の日本を担う子どもと親のために今できることを考えながら,私はこれからも日々の臨床に取り組んでいきたいと考えている。
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