平成26年1月1日
食生活に生かす官能評価
桐生大学教授 松本 仲子この著者の書いた書籍
官能評価法が日本に伝えられたのは1950年代のことで,企業では製品の出荷検査や新製品の開発などに活用してきました。食べ物の場合,そのおいしさを測ることができるのは官能評価以外に方法がないため,食に携わる者には官能評価が欠かせないのですが,栄養士養成のカリキュラムにとり込まれてからは,まだ数年のことです。
最近,小豆の色について,官能評価の効用を実感することがありました。澁切りのあと,煮汁を玉杓子ですくっては落とすことを繰り返すと煮汁の色が濃くなるとして,この調理操作は「色ねり」とよばれました。しかし,この「色ねり」の効果を分光光度計で比較した結果から,色には差がないと発表され,それ以後はこの操作はほとんどみられなくなりました。しかしながら,小豆を茹でるたびに,やはりどこか違うように思えたため,おこわで官能評価してみると,色の濃さには差はみられないものの「色ねり」したものは見た目が明るく冴えて,パネルの十人全員が“よりおいしそう”と評価しました。
測定機器の精度が向上しても,人の目が測定器を超えることは多々あり,官能評価によってはじめて本当のおいしさを知ることができる例は少なくありません。料理に添える一枝のパセリがおいしさにどのように影響するのか,パセリの有無を「二点比較法」で手軽に比べてみるだけで,盛り付けの大切さを痛感します。
一方,理論が先行して人の感覚がついていけない場合もあります。「調味の順序はサシスセソ(砂糖・塩・酢・醬油・味噌)」も,その一つです。分子量の大小から砂糖を先に,食塩を後に入れるという理論は明快ですが,実際に調理して官能評価してみると,人はその理論の違いを感じとることができないのです。それならば,ほとんど同時に入れてもよいわけで,調理をするときの気配りを軽減でき,手間も省けます。
また,官能評価には,食べ物自体の評価にもまして大きな効用があり,食べる人の心象によるおいしさを測定できます。例えば,「手作り」「国産」というだけでおいしさの評価は上昇し,「遺伝子組換え」「値引き品」と聞いただけで評価が低下します。そして,厄介なことに,おいしさには「食の文化」も絡んできます。
若年者であっても,木皿に盛ったおはぎはおいしそうに感じ,ケーキ皿に盛ると評価は低下する傾向を示します。和中洋折衷の献立の場合には,それぞれの料理にどのような食器がふさわしいのでしょうか,問題は山積です。
食欲の増進や抑制を図ることにも,いま流行の「おもてなし」の効果測定にも官能評価は欠かせません。おいしいものを作るための研究は蓄積されてきたものの,おいしく食べさせるための研究にはまだ余地が残されているように感じます。官能評価は,人間が測定器であるだけに,得られた結果を分析すると,これがまた楽しく,食の仕事等への興味もいっそう深まることでしょう。食に関する様々な場面において,官能評価がもっと手軽に活用されるとよいと思っています。
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