平成28年9月1日
美術教育の実践を通して、人びとがつながる
岐阜大学教授 辻 泰秀この著者の書いた書籍
大学の教員養成学部で,小学校図画工作科や中学校美術科の教育法の講義を担当する一方で,大学の社会貢献活動として,地域の学校や社会教育施設で二十年近く出前授業を積極的にしてきました。美術というと静かなアトリエで一人だけで黙々と制作をする印象がありますが,いろいろな人びとと交流をして表現や鑑賞の活動をすることから,美術のもつ社会的な役割に着目しています。
そのような活動の一環として,東日本大震災の後「リレー版画」と「カラフルパラソル」という造形プロジェクトを企画し取り組んできました。「リレー版画」では,幅一メートル,長さ五十メートル余りのロール和紙に,一人ひとり手づくりの紙版画を刷ります。リレーのバトンのように版画をつないでいくことで,子どもたちの共同作品になります。材料や用具を準備して岐阜・愛知・福島・宮城・徳島・大阪をはじめ全国を訪問しました。初対面にもかかわらず,図案を考える,版をつくる,ローラーでインクをつけて刷るといった二時間程の活動によってすぐにうちとけ,子どもたち相互の交流や協力も深まりました。広い体育館や廊下が版画作品でいっぱいになり,その光景は見事です。各地で制作した版画を刷ったロール和紙をすべて並べると長さ一キロの作品になります。六百人以上の子どもたちが参加しました。一人ひとりが個性を発揮すること,社会全体がつながり協力し合うことの大切さを,紙版画の共同制作を通して学びました。
リレー版画で出会った全国の子どもたちとの再会のために始めた「カラフルパラソル」は,透明のビニール傘にカラーの油性ペンで絵や模様を描いて,並べて飾るものです。五百本の傘を制作しました。オープンスペースに恵まれた愛知県の飛島小・中学校では,カラフルパラソルを学校中に並べて,「学校美術館」を開催しました。この学校を美術館のようにしようという趣旨の「学校美術館」は,その後,他校にも広がり,多くのアーティストの作品展示や鑑賞教室の開催が,毎年いくつかの学校で実施されています。
画面が透明で丸いカラフルパラソルは,回転させると動画のようです。光によって色や図案が周りに美しく映し出されます。特に福島県いわき市を訪れた際には,子どもたちがカラフルパラソルに太陽の光を透かして,地面や校舎を虹色に飾り笑顔で楽しんでいる光景を見て感動しました。ここでは震災直後から,野外で遊ぶ子どもたちの姿は,当たり前ではなくなっていたからです。
大学での教育研究に加え,授業者や実践者として子どもたちの中に飛び込んでみて,美術によって癒され元気になること,みんなで造形活動をすることで人と人とのつながりができることを確かめてきました。教育実践は楽しく,奥が深いものであると実感しています。
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