平成29年1月1日
日本人と食の心
九州栄養福祉大学教授 喜多 大三この著者の書いた書籍
私たちの身体を構成している元素が生まれる重要な条件の1つに温度があり,1京度を超えるエネルギーが必要とされている。この温度は,宇宙が誕生した「ビッグバン」の爆発直後のクオークと電子が生まれる温度に相当する。つまり,私たちの身体は,宇宙に起源があるといっても過言でないようである。
その宇宙から生まれた地球で誕生し,進化した人類は,原始社会ではただ食べることで生きながらえ,さらに進歩し,世界4大文明を生み出した。黄河文明では,殷の時代(紀元前約1,700~1,100)に調理技術が生まれ,続く周時代には君主の食べ物と健康を重要視するようになり,この年代の行政組織を記した『周礼』からは,「食医」「包人」「膳夫」など食に関する官職が多く設けられていたことが知られる。秦代の『呂氏春秋』には五味(酸・苦・甘・辛・鹹)の調和が調理に重要であることが記され,漢代には,『素問』と『霊枢』の2部から成る,中国最古の医学書『黄帝内経』が著されている。これは,秦以前からの医学・食理論をまとめた,中医学の要となる経典で,『素問』は身体の生理,病理から病気の予防・治療までを,陰陽五行の原理に基づき記している。
またそれはこの同じ原理から,日常生活において天地自然・身体と食材を調和させる方法を説いている。古代中国では,天地自然の調和と同種の調和が人体にも存するとされ,その観点から整えた食事,食薬によって,健康と長寿が維持できると考えられた。さらに『素問』では,呼吸法,運動法などを含めた生活習慣を大切な養生ととらえ,いわゆる予防医学の重要性がすでにしっかりと認識されていた。そして,この食を基本とした養生に対する考え方は,遣隋使,遣唐使などにより日本に伝承され,仏教,道教,儒教,禅宗・茶道などを通して,時をかけ次第に日本各地に広まったと思われる。
他方,日本は弥生時代から農耕社会が発達し,少ない農地と高い人口密度を背景に稲作中心の農耕社会を営んできた。私たちには,先人たちがこの少ない農地で多くの人々を扶養するために,朝から晩まで大変な努力をしながら稲作に従事してきた歴史がある。したがって,穀物,なかんずくお米に対する私たちの特別な思いは,収穫をもたらしてくれた神々や人々への感謝の気持ちと,天地自然に対する畏敬の念とともに長年にわたって育まれ,日本人に共通の「食を大切にする心」として継承されてきたと思う。この心に,古代中国からの食を主とした養生思想も加わり,日本独自の食文化である「食を大切にする心」のみなぎった食文化が培われてきたのではないか。
翻って現代日本の食の状況を眺めるに,かつてない飽食の時代である。今まさに日本人には,本来,先人から授かっている食を大切にする心を真摯に受け止め,その本質を真剣に考え直し,子孫に正しく伝える努力が強く求められていると言えよう。
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