建帛社だより「土筆」

平成31年1月1日

日本栄養・食糧学会に求められる新たな使命

公益社団法人日本栄養・食糧学会会長  東京慈恵会医科大学糖尿病・代謝・内分泌内科教授 宇都宮 一典この著者の書いた書籍

 本栄養・食糧学会は、終戦間もない昭和二十二年に国民の栄養状態の改善とそのための食糧の研究を目的として発足しました。学会創立五十周年記念誌を見ると、食糧事情の悪化に伴う国民の低栄養状態にどう対処するか、GHQの助言を受けながら、医学・農学を中心とする学際的な立場から対策を検討する場として、本学会が設立された経緯が詳細に記録されています。
 の行間には敗戦の食糧難から国民を救おうとする強い焦燥感がうかがわれます。そして、第一回日本栄養・食糧学会大会を担当した慶應義塾大学医学部の大森憲太会長は、「医学と農学の結婚」という表現を使い、「大同団結をもって重大難関を突破する」といった鬼気迫る挨拶をしておられ、当時の本学会に託された使命に対する自負とともに重い責任を担う覚悟が感じられます。しかし、その後の我が国の栄養事情は、大きな変貌を遂げることになります。昭和三十年代に入り、高度経済成長期を迎え、栄養過多に由来する肥満が健康上の問題となって、「成人病」といった名前が登場しました。そして近年、糖尿病が増加し、その対策が国家的な課題になるに至りました。
 尿病はインスリン不足によって起きる代謝症候群ですが、その原因には膵β細胞におけるインスリン分泌不全と、インスリンの標的臓器におけるインスリン作用が阻害されるインスリン抵抗性の二つがあるとされています。インスリン抵抗性には内臓脂肪型肥満が深くかかわっており、これは欧米タイプの肥満と考えられてきました。ところが、現在日本人においても内臓脂肪型肥満によるインスリン抵抗性を主病態とした糖尿病が増えているのです。
 のことは、糖尿病合併症の疾患構造の変化に明らかに表れており、従来、日本人の糖尿病の合併症は糖尿病網膜症、糖尿病腎症など細小血管症が主体でしたが、近年では心筋梗塞など動脈硬化性疾患、すなわち大血管症が増加しているのです。これは合併症の病態が欧米型にシフトしていることを意味しており、その背景にはインスリン抵抗性の増大があります。
 のように日本人の糖尿病が変容した大きな要因は、食習慣の中にあります。和食は国際的にも健康食の代表とされていますが、その変化の中に我が国の糖尿病の増加の原因があることも確かなのです。昭和三十年代から現在までの日本人の栄養摂取状況をみると、総エネルギー摂取量は減少傾向にあり、栄養素比率では炭水化物が六十%から五十%に減り、脂質が二十%から三十%弱に増えています。
 質摂取量の増加、特に動物性脂質が内臓脂肪型肥満、そして動脈硬化性疾患による死亡率の増加につながっていることは、沖縄県にその例を顕著にみることができます。沖縄県は旧来、我が国における最長寿県でしたが、戦後、生活習慣の欧米化に伴ってその地位を落とし、沖縄クライシスと呼ばれています。その大きな要因となったのが、動物性脂質の増加にあるとみられています。しかし、このような変化は沖縄県に留まらず、日本全国の食卓に起きていることに眼を向けねばなりません。また、和食離れの背景には我が国における社会格差の増大があり、低所得世帯ほど安価で栄養バランスの悪い栄養摂取状況にあって、これが小児肥満の温床になっている事実を認識すべきです。
 本人の食は戦後七十年を経て、低栄養から過栄養へと変化し、それとともに健康上の課題は様変わりしました。生活習慣病の予防と阻止には、多様化した生活習慣の相違に基づく医療の個別化が必須です。
 本栄養・食糧学会は発足以来、日本人の食の改善を通して国民の健康を増進することを目指し、栄養学の基礎研究の発信拠点として、その使命を全うしてきました。本学会の果たすべき役割は、今後一層大きなものになると考えています。一方、ベンチワークの成果をどのように社会に還元・啓発するか、新たな視点が求められているのです。

目 次

第109号平成31年1月1日

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