建帛社だより「土筆」

平成31年1月1日

修道院の薬草学

中村学園大学薬膳科学研究所長 徳井 教孝この著者の書いた書籍

 九一七年五月十三日、ポルトガル北部の小さな村ファティマに住んでいる三人の羊飼いの子どもの前に聖母マリアが現れ、三つの予言をしたとされています。それから百年後の一昨年五月、約五十万人の巡礼者が参加し記念のミサが執り行われました。今ではファティマはカトリック教会の聖地のひとつとなっています。
 村学園大学栄養科学部の三成由美先生のおば様竹内街子氏は、今からおよそ六十年前に聖パウロ修道会からバチカンに派遣され、定年までバチカンで奉職されました。洗礼名はファティマで今もイタリアの教会におられます。その縁で私たちは、イタリアのベネディクト派の修道院やバチカン市国に宿泊して、神父や修道女と一緒に食事する機会を得ました。
 ネディクト派の修道女は一生修道院内で過ごし、世間とも隔絶されているとのことです。中世の修道院では様々な薬草が栽培され、修道女が薬を調合して治療を行っていました。訪れた深山にある修道院跡にも調剤棚に小さくてカラフルな薬壺が所狭しと陳列されており、数百年前のものとは思えない薬局の設備でした。とんでもない秘薬があったのではと想像しています。
 時の修道女は医学や薬学を修めることができるほどの高い知的レベルを有していたことが、薬局開設の一因ともいわれています。修道院の薬局の中には現代も続いている薬局があります。バチカン市国での食事は、キリストの血である赤ワイン、肉体であるパンをはじめ、アンティパスト(前菜)、プリモ・ピアット(第一の皿)、セカンド・ピアット(第二の皿)、デザート、コーヒーと一般的なイタリア料理ですが、野菜、果物が多くバランスのとれた食事でした。
 年、修道院の料理としてドイツ料理の第一人者、野田浩資氏によりドイツのベネディクト修道女ヒルデガルト・フォン・ビンゲン(一〇九八~一一七九)の料理が紹介され話題になりました。ヒルデガルトは医学者・薬草学者・音楽家という多彩な才能を発揮した修道女です。彼女の治療は食事療法が中心で、脂肪のとり過ぎや消化器の機能を弱める冷たい飲食の制限を述べており、中医学と同じ内容であることは驚くべき点です。
 女が残した本にはアロエ・オレガノ・柿の葉・パセリ・クレソン・アーモンド・フェンネル・デイル・ガーリック・シナモン・クミン・クローブなど、現在でも食品やハーブとして使用されているものが記載されています。中でも興味深い食品が二つあります。ひとつはインドネシア原産のショウガ科多年草のガランガルで、心臓の痛みによいとされており、現代の医学においても狭心症発作にニトログリセリンと同じくらい効果があることが証明されています。もうひとつは現在広く利用されているパン小麦の原種にあたるスペルト小麦です。栄養成分としては、必須アミノ酸・ビタミン類・ミネラル類の宝庫で、食物繊維も豊富に含まれています。ヒルデガルトは、今世界が注目する全粒穀類の重要性を、千年前から見抜いていたようです。

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第109号平成31年1月1日

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