建帛社だより「土筆」

平成31年1月1日

家庭科で行う伝統文化教育

金沢大学教授 綿引 伴子この著者の書いた書籍

 二〇一七・二〇一八年に告示された改訂学習指導要領では、これまでの学習指導要領にはなかった各教科の「見方・考え方」が示された。家庭科における「見方・考え方」のひとつに「生活文化の継承・創造」がある。また、改訂学習指導要領全体の教育内容の主な改善事項に「伝統や文化に関する教育の充実」があり、そこでは「和食、和服及び和室など、日本の伝統的な生活文化の継承・創造に関する内容の充実(家庭)」と、教科のうち家庭科のみが記載されている。伝統的な生活文化はこれまでも家庭科の内容に含まれていたが、より重視されたといえる。
 ところで、二〇〇六年の教育基本法改正で、教育目標のひとつとして「伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛する」(第二条)ことが追加規定された。この箇所は、愛国心教育ではないかと批判があった点である。「伝統」は、一体感をもたせて治める側の国づくりに有効にはたらくからである。伝統文化の教育が、愛国心の育成に利用されうることを自覚しておきたい。
 そのうえで、伝統文化を授業で取り上げる際には、伝統文化は絶対的価値ではないので、「伝えるべきよきもの」と前提にしないことを考慮したい。いつからであれば伝統といえるのかは曖昧であり、伝統は意図してつくられることもある。例えば、おせち料理は中国から伝えられ、奈良時代の朝廷では高盛りのご飯などで行われていた。江戸時代に料理茶屋の影響で重箱が流行し、さらに戦後、重箱おせち料理はデパートから広まった文化であるという説がある。
 伝統であるかどうかは別として、生活文化を学ぶことには意味があると考えられる。文化の背景にある気候風土や歴史、培われてきた知と技術、先人の思い等から、科学・原理や自分たちの生活の課題について学ぶことができる。持続可能なくらしについて考えることにもつながる。また、日本と他国の生活文化を学び、生活文化の多様性と独自性を理解することで、互いの文化を尊重することができるだろう。
 学んだ生活文化を伝えたいのか、そう思わないのか、生活に生かすのか生かさないのかは、児童・生徒が考えて決めることである。伝えてほしいという思いを教師がもつことはあっても、それを強制することはできない。生活文化についての多面的・総合的な理解が、児童・生徒が考え、判断する材料になる。
 例えば、パンvsごはん、魚vs肉、日本のだしvs西洋のブイヨン、ヨーグルトvs甘酒、ピクルスvs漬け物など、比較検討することで、よい点や背景、課題などを理解する。その理解によって、それぞれの文化を尊重する意識を育むことができるのではないか。
 家庭科ならではの五感を通した体験や実習を取り入れることで、教師の教え込みでなく、児童・生徒自らの実感を伴った気づきや理解を促すことができるだろう。
 また「伝統」といわれる夫婦同姓や戸籍、相撲や祭からの女性排除などは、ジェンダーや家族について考える題材になると思われる。

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第109号平成31年1月1日

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