建帛社だより「土筆」

平成24年9月1日

食物アレルギーと経済成長

公益財団法人体質研究会主任研究員 京都大学名誉教授      山岸 秀夫この著者の書いた書籍

 から腸管内に取り込まれた食物や細菌などは,それぞれ栄養源として消化・吸収されたり,腸内常在菌として共存したり,そのまま排泄されるのでなければ,異物として免疫系に作用する。異物が血中などに細胞外成分としてとどまっているときには,B細胞の産生する抗体が働き抗原として排除する。異物が細胞内に侵入してしまうと,細胞性免疫の主役としてのT細胞が応答する。

 乳動物では,B細胞もT細胞も骨髄の造血幹細胞に由来し,B細胞は骨髄で成熟するがT細胞は胸腺に移住して成熟する。いずれも抗原刺激に依存せずに免疫細胞が成熟・分化する場であるので,中枢リンパ器官と呼ばれる。実際にこれらの免疫細胞が抗原としての異物に出会う場は,末梢リンパ器官の脾臓,リンパ節,腸管粘膜などである。

 ころが鳥類に特有のファブリキュウス嚢(ブルサ)は総排泄腔の背側に存在する嚢状のリンパ組織であって,卵黄嚢から移住したB細胞のみが成熟する場である。そのうえブルサは常に環境抗原に曝されていて抗原に依存した分化も行うので,B細胞に関しては中枢リンパ器官と末梢リンパ器官の両機能を兼備する場である。養鶏家によっては,ワクチン接種を経口や筋注でなくお尻から直接投与するとのことである。

 どもの研究によれば(山岸秀夫『免疫系の遺伝子戦略』共立出版,2000),卵黄嚢に由来する母鳥由来のIgG抗体が孵化以前の雛のブルサに移行し,その濾胞樹状細胞に保持され安定化している。したがって母鳥の育った環境で孵化した雛にとっては,最初に出会う環境抗原との応答は万全であって,母鳥の免疫系の記憶が子孫に遺伝していることになる。

 乳類にはブルサに相当するものはないが,腸管関連リンパ組織(GALT)として,扁桃,回腸パイエル板(iPP)や虫垂の濾胞構造がある。胎児も出産後の新生児もしばらくは母親のIgG抗体で守られ,母親から新しい環境抗原の情報を得ている。幼児期以後は自前でそれぞれの環境に適応した免疫防御と免疫寛容のシステムを構築する。

 ども第二次世界大戦中の国民学校世代は,敗戦前後の極端な食糧難の時代,飢えを凌ぐことができるならば何でも口にして生き延びた。子どもの腸管には寄生虫が常在化し,鼻粘膜の炎症も常態化し,常時はなを垂らしていた。

 い換えればきわめて多様な自然環境抗原に対応する免疫系を備えていた。すなわち栄養失調の危機と引き換えに獲得した免疫監視・寛容の恩恵が共存したリスク管理とも言えよう。

 たがって,今回「人と食と自然シリーズ」第一巻として発行された『食と健康のための免疫学入門』(建帛社,2012)で取り上げられている食物アレルギーや花粉症などは全く問題外であった。皮肉なことにこれらの免疫疾患は1970年代以降の高度経済成長に伴う,高栄養食とファストフードと共に問題化してきた。筆者は今後母親から子に伝えられる国民学校世代の免疫記憶がますます乏しくなっていくのを危倶している。

 お本書と関連した関心事は,GALTの発達していない大腸に常在する細菌叢が腸管免疫とかかわる機構である。聞くところでは,虫垂を切除された者は宇宙飛行士に応募できないとのことである。今後小腸と大腸の移行部に存在する虫垂のリンパ組織としての役割の解明に期待したい。

目 次

第96号平成24年9月1日

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