建帛社だより「土筆」

平成24年9月1日

保育ジレンマの理解とその克服

武庫川女子大学教授  倉石 哲也この著者の書いた書籍

 育者は感情労働であると言われる。子どもの喜び,楽しみ,恐れ,悲しみや怒りといった感情に的確に寄り添うことが求められるからである。子どもが示す感情のうちマイナスの感情は,子どもが保育者への愛着を求めるためには特に重要であることはよく知られている。受け容れられる体験を通して,子どもたちは安心と安全感を抱き,信頼を獲得していく。

 して近年は子どもだけでなく保護者(以下,親)の対応にも積極的に関与することが保育者にも期待されるようになった。親対応は以前から行われていたが,国家資格化に伴い親への助言や指導的なかかわりについて一層の努力が求められている。それに呼応するかのように育児不安の訴えや苦情も増えてきている。保育者は個別的に丁寧な対応が求められるようになっている。

 どもと親の感情に寄り添う際に,保育者の内面で生じていることは以下の三つに集約されるのではないか。

 1.親の訴えを理解するように心がけるが,子どもを第一に考えるために親と対立することがある。不本意を感じながらも親を支える姿勢を示すという戸惑い。

 2.親も困っている。自分で困り事を抱えられないために,子どもをみてもらっている保育者に受け止めてもらおうとする。あたかも子どもが心の安定を求めて保育者に感情をぶつける様子に類似している。しかし相手は大人である。保育者が子どもを受け容れるように愛情を持って接するのは難しいであろう。むしろマイナスの感情が働く。

 3.保育者が抱く親へのマイナス感情は気持ちの揺れとなって保育者に襲いかかる。こうなると子どもと親の両方に的確な対応を行うことはできない。子どもと親の板挟み,二律背反といったジレンマに陥る。

 の気持ちに寄り添おうと努力するけれども寄り添えない。寄り添えない自分に罪悪感を持ち自分を責めるといった悪循環である。そうすると今度は感情に流されないようにしようとするために,子どもとの情緒豊かな交流にも影響が出始める。まさに八方塞がりである。

 のような二律背反的なジレンマに対処することは簡単なことではない。自分がジレンマの状態に陥っていることに気づくことが第一であるが,日ごろから感情労働がもたらすストレスへの対処を心がけておくことも大切である。この機会にいくつかのヒントを紹介しよう。

 自分がジレンマを抱えていることを認めること,②親対応で緊張する(親対応が苦手である)ことを認めること,③問題を避けるのではなく,誰にでも起こり得ることとして話すこと,④話し合いはカンファレンスや勉強会を開いて共有しようとすること,⑤一人で考え込むことが多くなりすぎないように,⑥身体を動かすこと,運動を心がけること,⑦気分転換を図る,特に楽しいことを二倍する,⑧バランスのよい食事を,⑨休息や睡眠を十分に,⑩(それでも心が穏やかでない場合には)スーパービジョンを受けること。

 れらは,保育者以外の専門職の方にも通じるものがあるのではないかと思う。特に⑥~⑨は専門職として日常を保つためにはぜひ心がけていただきことである。精神的な健康を守るバロメーターとなる。感情労働を生業とする保育者の専門性は尊い。だからこそジレンマに対するストレスのマネジメントを心がけてほしい。

目 次

第96号平成24年9月1日

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