平成24年9月1日
ロコモティブシンドロームと健康寿命の延伸
東京大学名誉教授 中村 耕三この著者の書いた書籍
厚生労働省はこの6月に国民生活基礎調査をもとに,国民が健康面の支障がなく自立して日常生活を送れる期間を計算し「健康寿命」として公表した。平成22年の平均は男性が70.42歳,女性が73.62歳で,平均寿命とは男性で9.22年,女性は12.77年の差がある。人生の最後に約十年間の,自立した生活が難しい期間があることになる。そして,次期(平成25~34年度)健康づくり運動「健康日本21(第二次)」の目標として,この健康寿命の延伸を掲げている。
この「健康日本21(第二次)」の数値目標のなかに,ロコモティブシンドローム(運動器症候群,略してロコモ)の認知向上がある。運動器とは,骨・関節・筋肉など身体を動かす器官をいう。ロコモは運動器の障害によって日常生活に制限をきたして,介護・介助が必要な状態,またはそうなるリスクが高い状態を言う。運動器をロコモティブオルガン(locomotive organ)といい,名前の由来になっている。
実際,高齢者の生活活動の制限の理由として運動器障害が重要になっている。要介護の原因(平成22年度国民生活基礎調査)でみても,関節疾患10.9%,骨折・転倒10.2%,脊髄損傷1.8%と運動器障害が大きな比率を占めている。高齢者で整形外科に入院し手術を受ける人も急増しており,その数は40歳代に比べて50歳代で約1.7倍,60歳代は二倍を超え,70歳代ではほぼ三倍に達している。疾患として,骨粗鬆症関連の脆弱性骨折,椎間板変性を中心とした脊柱管狭窄症など脊椎疾患,軟骨変性が本態である変形性膝関節症や変形性股関節症が多い。運動器の健康が長寿に追いついていないのである。
運動器の変性は徐々に進行することから,早期に自分で気づくことが大切となる。日本整形外科学会では自己チェック法(ロコチェック)として,①片脚立ちで靴下がはけない,②家のなかでつまずいたり滑ったりする,③階段を上るのに手すりが必要である,④横断歩道を青信号で渡りきれない,⑤15分くらい続けて歩けない,⑥2kg程度の買い物(1Lの牛乳パック2個程度)をして持ち帰るのが困難である,⑦家のやや重い仕事(掃除機の使用,布団の上げ下ろしなど)が困難である,の7項目をあげている。一つでも該当すればロコモの疑いがある。
ロコモ対策として運動が勧められるが,注意すべき点は,中高年者では膝関節や腰の椎間板など身体の動く部分ですでに変性が始まっている例が多いことである。運動の実施にあたってこれらの部位への負荷が過剰にならないよう配慮が必要である。したがって,ロコモの予防・改善の運動の基本は,①足腰の筋力強化,②バランス力の強化であるが,同時に③膝,腰に過剰の負荷にならないことの三点となる。家庭でもできる実際の方法(ロコトレ)として,「開眼片脚立ち」と軽い「スクワット」を勧めている。
自立した日常生活を送れる基盤として運動器の健康が重要である。超高齢社会を迎えた今,運動器の健康に留意することは,個人にとっても国にとっても喫緊の課題なのである。ロコモの認知度が向上し,一人ひとりがロコモ対策に取り組むようになれば,明るいシニア時代が過ごせるようになると期待される。
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