建帛社だより「土筆」

令和4年1月1日

日本の医療制度改革の方向について考える

北星学園大学教授 安部雅仁この著者の書いた書籍

 本では,1961年に国民皆保険が達成され,これ以降,受診機会の平等が浸透するなかで,長寿社会の実現や乳児死亡率の低下等の成果が得られている。一方,医療費の増加に伴って財源問題が深刻化しており,経済の低成長と財政赤字が長期化する現代において,医療制度改革は重要課題になっている。

 れまでの主な制度改正として,診療報酬の抑制と薬価基準の引き下げ,社会保険料と患者自己負担の引き上げが行われてきた。また,「社会保障と税の一体改革」により,消費税増税の財源の一部が医療保障に充当されることになっている。

 療制度のあり方を考えるうえでは,こうした財源論のほかに,人口構造と疾病構造の変化を踏まえた議論が重要になる。周知のように日本では,人口減少と少子高齢化が同時に進行している。これに伴い若年労働者が減少する一方,健康リスクを抱える高年齢労働者の増加傾向がみられる。

 般に健康リスクは,30歳代後半以降に増加し,50歳前後から生活習慣病の発症率が次第に上昇するとされ,これは多くの国民に共通する現象でもある。生活習慣病は,悪性新生物,心臓疾患,脳血管疾患,糖尿病,高血圧症等をさしている。近年では,疾病構造が変化するなかで,これらの罹患者と医療費が増加している。

 うした疾病は,予防医療により発症率・重症化率の低減が可能とされ,具体的には,一次予防と二次予防の重要性が指摘される。一次予防は,定期健診の促進と生活習慣の改善により,「健康リスク・発症率の低減」を図ること。二次予防は,早期発見・早期治療により,「重症化・長期入院の抑制」につなげることにある。

 防医療の目的は,本来,国民・患者のQOL(生活の質)を長期的に維持することにある。これは,生活習慣病への対応に限らず,次の3つにおいて有用とされる。第一は,労働生産性の維持・向上,第二は,健康寿命の延伸であり,第三として,多くの労働者の長期就労により,特に公的年金における保険料負担者の増加につなげることができる。

 般に,予防による医療費抑制効果は明らかではないとされる。しかし,健診・検査機器と検査技術が進歩し,疫学研究が進展している現代では,予防医療には,医療費の多寡では判断できない意義があるものと考えられる。一方,こうした医療の成果を規定する要因のひとつは,国民の健康意識の向上にあるとされ,このためには,医師(とりわけ,かかりつけ医),医療保険者それぞれの役割も重要になる。また,IT(ICT)が高度化・普及するなかでは,オンライン診療を導入して,生活習慣の改善・指導と健康管理(服薬指導を含む),在宅医療にも活用することが有用になろう。

 れらは,一次予防と二次予防の連携方法や診療報酬等の制度対応の課題が残されているが,今後の医療制度改革の方向(あるいは,限られた財源の使い方)のひとつとして望ましいと考えられる。

目 次

第115号令和4年1月1日

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